2009年7月4日

可能性は誰にでもある話

ある子育て主婦の副業

埼玉県在住の専業主婦が子供のお昼寝中に夫の給料の9倍も稼いでいるなんて信じられますか?

早速、その秘密の副業について調べたところ・・・


http://123direct.info/tracking/af/119486/TKRhPisc/
――――――――――――――――――――――――――


「給料が下がったので妻にパートにでてもらわないと・・・」

「儲かるって聞いて副業を始めたけど、全然儲からない」


etc...


もしあなたが“一家の収入を少しでも増やしたい”

そう思っているなら朗報です。


埼玉県在住の子育て真っ盛りの専業主婦が1日2時間の作業で4ヶ月間、

637万円を売上げ、“夫の9倍”稼いでいると言うのです。


「胡散くさいなぁ...」


正直、最初は私も疑っていたのですが、

ネット界の大御所達も度肝を抜かれた“正真正銘”の本物のノウハウとのこと。


しかも、

投資系といったリスクの高い内容ではなく、

またネットワーク系でもなく、


さらに、

メルマガやブログなどを立ち上げる必要はありません。

自分自身のホームページ持つ必要もありません。

売れない商品の不良在庫を一切持つリスクもありません。

商品を仕入れるために外出する必要もありません。


それでいて、完全に自宅に居ながら年間1100万円以上を売上げ、

毎月70万円以上の月収を稼いでいるというのです。


その金額は今や旦那さんの給料の9倍にもなるのだとか...


子育て専業主婦がそんなに稼いでいるその方法とはいったい何なのか?

その秘密を知りたい方は本人から届いた下記の手紙を今すぐお読みください。


http://123direct.info/tracking/af/119486/TKRhPisc/
――――――――――――――――――――――――――

可愛いペットのためにもチャレンジしてみませんか。

2009年6月19日

愛犬のための実用東洋医学

日本愛犬東洋医学研究会の会長である松嶋みゆきさんが

 愛犬のための実用東洋医学の全容を語っています。


 ■ 今すぐクリックしてその目で確かめてください

 ⇒ http://www.infotop.jp/click.php?aid=118426&iid=24732


 松嶋さんが語る指圧マッサージの効果には

 以下のようなものがあります。


 1.全身に起こるトラブルの治療・予防に効果があります。

 2.ストレスによるトラブルの治療・予防に効果があります。

 3.アンチエイジング効果が期待でき、
   いつまでも元気なワンコと暮らせます。

 4.ワンコとのスキンシップが増え、
   より一層の信頼関係を築けます。

                     ・・・etc.



 内容も保証されているので今すぐチェックしてみてください。


 1日10分の愛情をワンコに注いであげることで

 健康で長生きするならしてあげたいと思いますね。


 ■ 今すぐクリックしてその目で確かめてください↓

 ⇒ http://www.infotop.jp/click.php?aid=118426&iid=24732


---------------------------------------------------------------------

2009年6月15日

ココロとカラダ

飼い主の責任と愛情
―犬猫の健康をココロとカラダの両方から考えるー

●病気になりにくい犬猫に育てる
●そのためには、酵素たっぷりのごはんが必要
●自然の一部である犬猫ちゃんの体内によけいなものが入るとストレスになる
●犬猫のココロの元気は、ママサンのココロによって作られる
●ココロが元気なコは、カラダも元気になる
●気持ちいい生活を送れれば、元気で長生きできる

以上が、ホリスティックケアの概要です。

そして、ホリスティックケアの最大のメリットとも言えるかもしれませんが、ホリスティックケアを取り入れるとペット君を亡くした時に、深いペットロスにならない場合が多い 、ということがあるんです。
ペットロスというのは、ペット君が亡くなった時にご家族が感じる「喪失感」です。
両親や兄弟、大切な友達や恋人、パートナー、お子さんなど近しい人を喪った時、私たちは深い絶望感と喪失感に襲われますね。

●なぜ、こんなことになったの
●なぜ、自分だけがこんな目に遭うの
●なぜ、あの時ああしてあげなかったんだろう
●ああ、私のせいであの人(コ)は亡くなった、すべて私のせいだ
●私なんかいなければ
●もう生きている意味がない
●私なんか生きている価値がない

という具合に。

このように思うこと自体は、誰もが一度は感じることなので問題はないのですが、この感情が長引いて、時には日常生活に支障をきたすような状況になることがあります。

人間ではなくペットを喪って、このような状態になってしまうことを「ペットロス」と言います。

よく「このコのいない人生なんて考えられない」という方がいらっしゃいますが、お気持ちはわかりますがペットは必ず亡くなります。

たいていの場合はあなたより先に。

「ペットを喪失する、という体験は誰もがしなくてはならない」
この現実から逃れられる人は誰もいないのです。
まずはそのことをしっかり認識することが大切です。

そして、次に考えなくてはならないのは、
●どうしたらこのコと悔いのないペットライフを過ごせるだろう
ということを具体的に実践にうつすことです。
生活の質をあげるお世話方法の実践です。

例えば、ホリスティックケアの場合には
●手作りごはやトッピングごはんを考え、実践すること
●できるだけ お薬に頼らないで自然治癒力を高めるケア方法を実践すること
などが お世話の柱になりますね。

毎日、毎日手作りごはんを作ってあげたとします。
犬猫の一生を15年として、1年365日1日2回、ごはんを作ったら何回になるでしょう。
毎日 ブラッシングをしながら犬猫ちゃんとコミュニケーションをとったら一体どれくらいの時間が必要になるでしょう。
病気になってしまった。
でもなんとか お薬に頼らず、ハーブサプリメントやごはん、そして毎日のマッサージなどのお世話を続けたら、犬猫ちゃんとどれくらい密な時間がおくれるでしょう。
そんな風に考えると、ごはんはドライフード、病気になったら病院に連れて行ってお薬と処方食をあげる という生活とは異なる、とても「濃密な関係」をペット君と築ける生活が送れる、ということになります。

ペット君とココロが通いあうわけです。

そうやって絆の深まったペットはあなたにとって、最良のパートナーであり、大切な家族になります。

ペットを「飼う」生活ではなく「共に暮らす生活」を楽しめるようになります。

すると、ペット君との絆は、ますます深くなっていきます。

そんな濃密で豊かな時間を共に過ごしたペット君が最期まで病気と闘いながら、いえ、病気と上手に共存しながら がんばって生きてくれた。

その最期をあなたはどんな気持ちで見送れると思いますか。

「ありがとう」

ただ、それだけではないでしょうか。
「ここまでよくがんばったね。私も思い残すことはないわ。
あなたと暮らせて私はとても幸せだった。
本当にありがとう」

この満足感・達成感を感じたあなたが、ペットロスで苦しむことはほとんどないと言っていいのです。
もちろん大切なパートナーを喪うことの哀しみはとても大きいもの、つらいもの。

でも、あなたを包む幸福感・充足感はその哀しみをはるかにうわまわるものなんです。

ココロには温かくて やさしい力がいっぱい。

そして、ペット君もあなたにこう言ってくれます。

「ありがとう。ママに逢えてよかった。とても幸せだったよ・・・・・・」

なぜ 私がホリスティックケアを取り入れ、また あなたにオススメするのか。
それは、私自身が幸せになりたいから。
とっておきのそんな幸せの法則をあなたにも知っていただきたいから。
ただ、それだけです。

ホリスティックケアとは、犬猫ペット君のお世話を通して、手間をかけながら幸せの種を大切に育てていくことに他なりません。
お花と同じです。
慈しみ、愛をもって手間をかければかけるほどあなたには大きな幸せが訪れるでしょう。
「そうニャ。
僕チンたちは、ママとはhappy♪パートナーニャ」
「そうだワン。僕チンたちと幸せつかもうワン」
いかかでしたか。

幸せ体質を作るホリスティックケア

おわかりいただけましたでしょうか。

2009年6月14日

食は命なり

■「ごはんの力でさまざまな病気を克服している犬猫の生活」■


愛猫・マリオの場合、先天性肥大型心筋症という心臓病ででした。
一時は天国への旅立ちを準備したコです。
このコは、病気発症を境に食生活が一変しました。

●病気前はドライフードと缶詰でしたが
●病気後は、お魚をメインにお野菜や穀物・缶詰を食べています。
お薬などは一切飲まず、この食生活をメインにした治療法で心臓病をほぼ克服してしまいました。

知人のラブラドールの場合。
このコには、月齢6ヶ月の時から
●お魚をメインにお野菜や穀類・缶詰をあげています。
もうじき3歳になるのですが
●一切の病気の症状はなく 
●血小板の数値も正常値に戻り
●混合ワクチン接種やフロントライン投与などに頼らず
病院知らずの元気なコに育っています。

犬猫の体質はそれぞれですから一概には言えないのですが海も華実も
●生命力を引き出すごはんを食べ !
●その結果自然治癒力が高まった !
ということが言えるのではないでしょうか。


『食は命なり』

『私たちのカラダは食べたものでできている』という言葉があります。
どんな食べ物をあげるかで、犬猫ちゃんの一生が変わってくることがあります。
一生=生活の質。
犬猫ちゃんの生活の質をいかにあげて幸せにしてあげられるかが、私たちにとっての最大の課題なのですが、
【ごはん力=生活の質=幸せ力】
ということが言えるというわけです。

では、犬猫にとっての生活の質ってなんでしょう?
それは私たちとおんなじ。
●おいしいものをいただき
●よく眠り
●よく遊び
●毎日充実した生活を送る
というものです。
これを少し専門的にいうとクオリティ・オブ・ライフ=QOLという言葉になります。
簡単に言ってしまえば

●気持ちいい生活の実現ですね。

気持ちよければ、おのずと自然治癒力があがってくるわけで、元気幸せ力もアップする、というわけ !

「僕チンたちは自然の一部ニャ
ごはんも自然のものを食べれば 
その食べ物の力が僕チンの命の力になるニャ
特に心臓の弱い僕チンたちには酵素とお魚の脂が必要ニャ(=^・^=)」
さて、ちょっと駆け足での説明になりましたが、おわかりいただけましたでしょうか。


2009年6月13日

飼い主の心

■「ペットはあなたの影響をもろに受ける !」■

犬猫、カラダの健康はごはんメインで作られるのですが、ココロの健康はどうやって作られるのでしょうか。
実はココロの健康は、ご家族のココロの影響を大きく受けて作られるのです。

例えば、あなたが哀しい時や不安な時、犬猫ちゃんも哀しくて、不安になります。

あなたが嬉しい時は犬猫ちゃんも嬉しくなります。

あなたがhappy♪なら犬猫ちゃんもhappy♪なのです.]

コレは、人間の親子関係と同じ。
ニコニコ笑顔のママさんのもとではニコニコ元気なコが育つ。
ナーバスママ、イライラママさんのもとではナーバス坊や、イライラ娘が育ちがち。
一概には言えませんが、そういう傾向がありますね。
なぜかと言うと、人というのは氣というものを出しているのです。

氣だとちょっとわかりにくいでしょうか。
例えば、オーラとかエネルギーとか、その人の持つ、見えないけれど確かな力のようなものです。

同じ空間にいたり長時間その人と一緒にいると、どうしてもその人の力の影響を受けてしまうのです。

明るくて元気ハツラツな友達と一緒にいるとあなたも自然にワクワク気分♪

一方で心配性の顔色の悪い友達と一緒にいるとあなたも自然に不安になり、どこか落ち着かない気分になるのと同じです。

不安、イライラなどは、=ストレスを受けた時に感じる感情です。

つまりあなたがストレスを感じた。

不安になった。

イライラした。

すると、犬猫も同じようにストレスを感じて不安になり、イライラするというわけ !
ストレスは病気のもとになりやすいというお話をしましたね。
ストレスがいっぱいあると、犬猫は問題行動を起こしたり、それが高じると、病気にもなってしまうことがあります。

犬猫を病気にさせたくなかったら、病気になりにくいコに育てたかったら、あなた自身がいつも元気で気持ちいい状態でいること !

これがホリスティックケアの考え方です。

犬猫と素敵な時間を送っているあなたなのですから、さっそくきょうからご自分のココロのケアをしてしまいましょ♪

カラダはココロの召使いだというお話も以前しました。

ココロを元気にしていれば、たいていはカラダも元気でいられます。

●「楽しいな♪」
●「嬉しいな♪」
●「幸せだな♪」
●「ありがたいな♪」

そんな感情でココロが埋め尽くされるようなものの考え方ができればベストなのです。
それに、ご自分のごはんなどにも気をつけて健康なカラダがゲットできれば、あなたは最強の犬猫のパートナーになれる、というわけ !

「ママが元気だと僕チンも嬉しいし、幸せだニャ。
楽しくて幸せな時は、病気もどっかに行っちゃうニャー。
そういう時は、自然治癒力があがるからなんだニャ」


2009年6月11日

酵素と食物

◆ごはんの力と酵素◆

生命力が高いごはんって一体どんなものを言うんでしょうか。

これはホリスティックケアの大原則とも言えるんですが、まず、「ごはん」が一番大切だと考えます。
毎日食べるごはんが犬猫の血や肉、細胞、被毛、そして体質を作っているからです。
どういうことかというと……

例えば、私たち。

欧米人は肉をたくさん食べると言われています。

それと比較すると、日本人は穀物や野菜、そしてお肉よりお魚を食べ続けてきた民族です。

最近は、ベジタリアンなども出てきていますが、みんな、その食べ物によって例えば皮膚だったり、体質だったり、さらに性格までもが決まってしまっているわけです。

あなたの周りを見回してみてください。

自分で作ったごはんを、ゆったりとした気分で毎日バランスよく食べている人。

毎食、ハンバーガーやコンビニ弁当、インスタントラーメンなどをかけこんでいる人。

肌のつやや、健康状態に違いはありませんか。

また、最近の子供はなぜキレやすいのか、それはごはんをあまりよくかまず食べるものもジャンクフードが多いからだ、という説が一般的になってきています。

昔なら、ごはん、お味噌汁、お魚、おつけもの、野菜の煮付けなどを食べるのが一般的だったのが、最近では日本でも、ハンバーガーや冷凍食品やレトルト食品など、あるいはお菓子などを含めて加工食品が食のメインになってきています。

加工食品というのは調理の工程で、かなりの高温で調理・加工をしているので、その食材のもっている栄養素が壊れてしまうことが多いんです。

しかも、保存性を高めたり、おいしそうに見せるために複数の化学添加物が加えてあるケースがほとんどです。

このように、栄養価があまり高くなく、しかもカラダにとっての異物の含まれた食べ物を飲み物で流しこむ、という食生活が子供の心をキレやすくしてしまっているというのです。

食事のバランスが崩れているから、そのコのバランスも崩れてしまう、という意味なんですよね。

これと同じようなことがペットフードにも言えます。

ペットフードはとても便利なものですが、元々は保存食として作り出されたもの。

ですから、栄養バランス云々よりも、まず保存性に重きが置かれています。

また、加工するものですから、人間用の高級食材が使われているということは、ほとんどないと言われています。

人間の食品でさえ、偽装問題などが続出する現在、ペットフードだけが安全で栄養価が高く、安心できる食べ物だということは、残念ながらありえないというわけです。

そして、このペットフードには、犬猫に必要な決定的な物質が不足している場合が多い!という特徴があります。

それは「酵素」。

生物のカラダには多種類の酵素が存在していて、すべての生命活動に深く関わっています。

酵素というと消化酵素を思い浮かべる場合が多いかもしれませんが、酵素の働きは消化促進だけではありません。

消化器の他にも肝臓、腎臓、肺、筋肉、血液、脳といったあらゆる組織にそれぞれの働きに必要な酵素が含まれています。

簡単に言ってしまうと、私たち生物のカラダが動いている瞬間、必ず 何かしらの酵素がその活動をサポートしてくれているということなんです。

この酵素は熱に弱い、という性質があるため、高温加工をしているペットフードにはほとんど酵素は含まれていないというわけです。

体内の酵素がなくなった時、生物の命は終わるとさえ言われています。

だから、毎日のごはんが大切なのです。

酵素を補給できる食べ物、それが生命力を高めてくれ、自然治癒力を高めてくれるというわけですから^^;
では、酵素は何に含まれているのでしょうか。

それは生のお肉やお魚、そして生の野菜やフルーツです。

それでも不十分な場合には、良質なサプリメントを活用することでこの大切な酵素を補給することができます。

ふだんあげているペットフードに生の食材やサプリメントをプラスしてあげるだけで酵素パワーが犬猫ちゃんを元気体質に変えてくれる可能性大というわけ。

自然の恵みの力って本当にすばらしいのです !!

「僕チンたちが元気でい続けるためには、酵素という物質が大切なんだニャ。

酵素は生の食べ物に含まれているニャー」

さて、ちょっと駆け足での説明になりましたが、おわかりいただけましたでしょうか?

このお話、すべてのペットフードがいけない、手作りごはんにしなければいけない、というお話ではありません。

2009年6月10日

自然治癒力

◆病気を治す「自然治癒力」◆

私たちのカラダには、ケガや病気をしても元の健康な状態に戻ろうとする力が備わっています。それを自然治癒力といいます。

文字通り、自然に治癒する力のことです。

例えば、あなたが風邪をひきかけたとします。

早めにビタミンCを飲んで、ジンジャーティーを飲んで、ゆっくり寝たら治ってしまった。

これは、ビタミンCやジンジャーティーがあなたの自然治癒力にスイッチを入れてくれた
可能性が高いから、ということなんですね。

●風邪薬を飲んだら風邪が治った !

●抗生物質を飲んだら風邪が治った !

そう思っている場合が多いと思いますが、実際に風邪を治しているのは、生命体が本来持っている自然治癒力というものなんです。

あるいはケガをした。

軽傷なら、ほおっておいても時間がたてば自然に治ってしまいます。

子供の頃、転んでひざ小僧をすりむいても、一週間もすれば元通りに戻りました。

これも自然治癒力によるものです。

ところが、場合によっては風邪がなかなか治らない。

ケガがなかなか治らない。ということもあります。

それは、体力が落ちていて、つまり自然治癒力が下がってしまった時。

予想以上に病気やケガが長引いてしまいます。

病気やケガが長引くということは、心身にとってさらにストレスがかかっていく状態。

すると、どんどん自然治癒力は下がってしまうのです。

体力を消耗して、ますます病気やケガが治りにくくなる。

さらに、よりストレスに弱くなる。

すると場合によっては、まったく別の病気を併発してしまったりします。

そんな風にアンハッピーのスパイラルに陥ることは決して珍しいことではありません。

私たちもそうなんですが、犬猫の自然治癒力のレベルをなるべく高いところに保てるように普段のお世話にも気をつけていくことが大切になります。

では、どうすれば自然治癒力を高めることができるのでしょうか。


それには、大きく3つのポイントがあります。

●その生命体が本来の持っている力を引き出すことのできる生命力の高いごはんを食べさせてあげる !

●カラダに負担のかかる化学物質などをできるだけ体内に取り入れないようにする !

●心身にかかるストレスを極力減らす !

2番目と3番目は、いずれも「ストレス」という言葉でくくられるものです。

化学物質=ストレスという考え方はあまり一般的ではないかもしれませんが、犬猫も私たち人間も本来自然の一部です。

自然の物質によってのみカラダが作られています。

自然のものにケミカル=化学的な物質が注入されればお互いの間に違和感が生じ=ストレスになってしまうということなんです。

ごはん力とストレス軽減。これが自然治癒力を高めるpointです。

「僕たちには誰にでも生まれつき元気に生きようとする力があるニャ、時間が経てば自然に元気になれるんだニャ(=^・^=)」

さて、ちょっと駆け足での説明になりましたが、おわかりいただけましたでしょうか^^;

今回の話、薬をあげることが絶対いけない、というお話ではありません。


2009年6月9日

ペットのストレス

●ココロのストレス
●カラダのストレス

生物の病気には、ストレスが大きく関係してきます。

ストレスを受けると私たちも胃が痛くなったり、頭痛がしたり。
そのストレスがたくさんたまると、最悪、ガンにまでなってしまったり、とも言われていますね。
ストレス、決して悪い側面ばかりのものではないのですが、それでも、たまりすぎると生物の身体をしつように攻撃する、怖?い存在なんです。

●ストレスがたまったよ、もういっぱいだよ
そのサインが何らかの症状としてカラダに現われていくというわけです。

このコは、生まれつき胃腸が弱いので、ストレスがたまるとお腹を壊しやすくなります。
逆に言うと、下痢ッピーになった時には元気なように見えても何かのストレスを感じているので要注意!
華実の場合には、普段からお腹を強くするために
●乳酸菌や酵素のサプリメントをあげる !
●お腹に負担がかからないように手作りごはんをあげる !
などの点に注意しています。

ドライフードだけ、缶詰だけをあげるとてきめん。
すぐに下痢ッピーになってしまうんです。

加工食品であるペットフードには、化学物質などが入っていたり、逆に犬猫に必要な栄養素が壊れてしまっているため、どうしてもお腹に負担がかかりやすくなるからなんですけど。
えっと、負担=ストレスと考えてみてください。

さらにお腹が冷えすぎないように
●生野菜をあげすぎない !
●ハウスやベッド周りの温度管理に気をつける !
などにも注意します。

あと、ココロの不安も胃腸の働きに関係しますので
●できるだけイライラさせない !
と同時に
●自分もイライラしない !
ように気をつけます。

なぜなら、犬猫は、ご家族のココロの影響をとても受けやすいからなんです。

あなたが体調の悪い時には、犬猫も具合が悪かったり、逆にあなたが絶好調だと、犬猫も元気だったりしませんか。

あなたがイライラしている時には、愛犬、愛猫が問題行動を起こす率も高くなったり。
ペット君はあなたの鏡なんですね。

そうやってできるだけお腹に負担のかからない食生活や室温管理、そしてココロのケアをしていきます。
ストレスの元になりそうなものをあらかじめ減らす努力をしていくんです。

また、実際にストレスのサインがあらわれてしまった時には早めに対処していきます。

これが「予防医学」の考え方です。

「ストレスを管理する」という意味で「ストレスマネジメント」という言い方をしたもりします。
「そうなんだニャン。ママさんたちが、ちょっと気を使ってくれるかどうかで僕チンたちの元気はグンと変わってくるんだニャー」

2009年6月8日

ホリスティックケア




簡単に言ってしまうと、

動物の健康状態を「心」と「身体」の両方から考えていく、というもの。

厳密に言うと、魂まで含まれてくるのですが、「心と魂の違いって何 ?」となるとお話が複雑になってしまうので、シンプルに「心」と「身体」でお話します。

例えばあなたの愛犬ちゃん、愛猫がお腹を壊したとします。

その原因としてどんなことが考えられるでしょうか。

● お腹が冷えていた !
● ごはんがカラダに合わなかった !
● ごはんが古くなっていた、酸化していた !
● 明らかに内臓にトラブルを抱えていた !
● 精神的ストレスがあってお腹に来てしまった !
● 温度差や天候の影響を受けてしまった !
ちょっとあげただけでも これだけの原因が考えられます。

この原因、カラダだけの問題ではなくココロも影響していることにお気づきでしょうか。
さらに、環境も含まれています。
お腹を壊した。
じゃ、下痢止めを飲ませば治る ?
いえ、そんなことありません。

原因をひとつひとつとりのぞかないと、その時お薬の力で一時的に症状が治まったように思ってもまた繰り返してしまいがちなのです。

この原因を、ひとつひとつ取り除いていって犬猫ちゃんを本来の健康な、ニュートラルな状態に近づけてあげよう。

そう考えて治療やお世話をするのが、ホリスティックケアです。

治療やお世話方法は、そのコのその時々の状態に合わせたものを考えます。
一方、病気になった。お薬を飲ませて、必要だったら処方食も。
それで「病原体」をやっつけちゃおう。
そう考えるのが、現代療法。

一般的に対症療法といわれる考え方です。

シンプルな言い方をすると、そういった違いがあります。
猫にもココロがあります。

あのコたちも私たちと同じようにストレスを感じます。

また、ココロだけでなくカラダもストレスを感じます。

このストレスをおざなりにしちゃダメよ、「気持ち穏やかにしてあげなきゃ」というのがホリスティックケアの柱なんです。

ですから、「病は気から」というのもホリスティックケアの考え方に近いんです。」
「そうニャ、そうニャ。
僕チンたちのカラダはココロの召使いニャ。
ママさんたちがココロにも目を向けてくると すっごく嬉しいニャ」

ホリスティックケア。一般的には、補完代替療法のことを言います。

なんとなく耳慣れないこの単語の意味というより、ホリスティックケアという考え方を知って、犬猫ちゃんのお世話の仕方、犬猫ちゃんとの関係が変わってきます、ということをお知らせしました。
決して、現代療法を否定するものではありません。

2009年6月7日

災害対策

地震の多い日本では、いつ大きな地震が起きるとも限りません。
そして、商業地域や住宅密集地ではいつ火災に巻き込まれるかもわかりません。
万が一のために、日頃から災害時の準備をしておきましょう。
猫ちゃんの非常用リュックを用意しましょう。

準備しておくもの

猫の災害対策


災害は突然やってきます。
予め、ペットの保護施設の仮設予定地を確認したり、地域で行われる防災訓練に家族で参加をしましょう。

緊急避難時は、一般的に人の収容施設へのペット連れ込みは禁止されているようです。
猫ちゃんはペット専用施設となるので、その際、きちんと面倒を見てあげられるように準備をしておきましょう。

マイクロチップの必要性

災害時、家族とはぐれてしまったとき、
猫ちゃんが迷子になってしまったとき、
マイクロチップによって猫ちゃんとの再会が可能になります。

帰巣本能の薄い純血種の猫ちゃんは、一度お家から出てしまうと10%程度しかお家に帰ってこられないというデータもあります。
また、災害時は人間も猫ちゃんもパニックに陥ってしまいますので、獣医さんに相談をし、マイクロチップを入れてもらいましょう。

マイクロチップを猫ちゃんの身体に埋め込む事を、可哀相と言う方もいますが、ペットちゃんへのマイクロチップの埋め込みはいずれ義務化される可能性も高く、無責任な飼い主の飼育放棄の予防にも繋がります。
何より、緊急時に家族と離れてしまう事は、人間にとっても猫ちゃんにとっても悲しい事です。
猫ちゃんは人間の言葉が話せませんから、人間が猫ちゃんを守る術として考えてみましょう。


2009年6月5日

速報!

埼玉県在住の専業主婦が子供のお昼寝中に
夫の給料の9倍も稼いでいるなんて信じられますか?

早速、その秘密の副業について調べたところ・・・


http://123direct.info/tracking/af/119486/TKRhPisc/
――――――――――――――――――――――――――


「給料が下がったので妻にパートにでてもらわないと・・・」
「儲かるって聞いて副業を始めたけど、全然儲からない」


etc...


もしあなたが“一家の収入を少しでも増やしたい”
そう思っているなら朗報です。


埼玉県在住の子育て真っ盛りの
専業主婦が1日2時間の作業で4ヶ月間、
637万円を売上げ、“夫の9倍”
稼いでいると言うのです。


「胡散くさいなぁ...」


正直、最初は私も疑っていたのですが、
ネット界の大御所達も度肝を抜かれた
“正真正銘”の本物のノウハウとのこと。


しかも、

投資系といったリスクの高い内容ではなく、
またネットワーク系でもなく、


さらに、

メルマガやブログなどを立ち上げる必要はありません
自分自身のホームページ持つ必要もありません
売れない商品の不良在庫を一切持つリスクもありません
商品を仕入れるために外出する必要もありません


それでいて、完全に自宅に居ながら
年間1100万円以上を売上げ、毎月
70万円以上の月収を稼いでいるというのです。


その金額は今や旦那さんの給料の
9倍にもなるのだとか...


子育て専業主婦がそんなに稼いでいる
その方法とはいったい何なのか?

その秘密を知りたい方は本人から届いた
下記の手紙を今すぐお読みください。


http://123direct.info/tracking/af/119486/TKRhPisc/

爪とぎ対策

猫が爪をとぐのは自然な行為です。

トイレや噛み癖同様、習性を利用して小さな頃から「爪とぎの場所」を
覚えさせてあげると、他の場所ではあまり爪とぎはしなくなります。

しかし、爪とぎは、

●ストレスがたまっている
●人間の気を引く
●テリトリー意識が敏感になった時

にも、よく見られる行動です。
そんな時、どんな対処をしたら良いのでしょうか?

爪とぎのしつけ方法

猫は学習する動物であり、習慣になる動物です。
親猫が壁で爪とぎをしていれば、マネをしてしまいます。
複数頭飼っている場合は、大人の猫ちゃんから爪とぎの場所を覚えさせましょう。
単独飼育の場合も、子猫の内から爪とぎの場所を覚えさせます。

1.猫の爪は2週間に1回は切るようにしましょう。
*これだけでもうまく爪とぎが出来ないので、家具類への破損は少ないです。

2.猫がしてはいけない場所で爪とぎをしたら、「ダメ!」「コラ!」と叱り、爪とぎの前に連れて行ってあげる。その際、猫の腕をつかんで、爪をとぐマネをしてあげると良いでしょう。
*猫は基本的に水や騒音が嫌いなので、水鉄砲も効果的です。
迷惑な場所で爪とぎをしたら水鉄砲で水をかけたり、
手を叩いて大きな音を鳴らしたりするのも有効です。
「ココは危険な場所」と思い込み、近寄らなくなります。

3.またたび入りの爪とぎを用意するなど、その猫にとってお気に入りの爪とぎを必ず用意してあげましょう。
*爪とぎがないと、当然家具類で爪とぎをします。

4.寝起きする場所に爪とぎを置く。
ネコは眠りから覚めた時に、身体をのばしたり、爪をとぎます。
ネコの寝起きする場所に爪とぎをおき、習慣をつけてしまいましょう。

●ストレスがたまって爪をとぐ場合
ストレスがたまって爪をとぐ猫を叱っても、余計にストレスを与えるだけです。
ストレスのたまっている要因をみつけ、対処しましょう。

猫は人間の子供や赤ちゃん猫が苦手のようです。
子供や子猫にしつこくされるとストレスがたまります。
静かな所でゆっくり休ませてあげましょう。

●人間の気を引きたくて爪をとぐ場合
猫はとても賢い動物です。飼い主にかまってもらいたくて、わざと爪をといで見せる場合があります。
そんな時に、慌てて飛んできて叱っても猫の思う壺です。
こういった賢い猫ちゃんは飼い主に対して、何らかの要求をもっています。
その要求を満たしてあげるようにしましょう。

気を引きたい場合、遊んで欲しかったり、他の子供や猫へ飼い主が気をとられてると思う場合にかまってほしくて気を引こうと思うケースが多いようです。

●テリトリー意識が敏感になって爪をとぐ場合
マーキング(スプレー)のように、自分のテリトリーを誇示したい時です。
何らかの事情(新しい猫が来た、子供にしつようにかまわれる等)で敏感になっているので、とにかく猫がゆっくり休める場所を確保してあげて下さい。

2009年6月4日

パソコン教室に通う1/10のお金と時間で、Excel、Word、PowerPointのスキル

今日は、二度目の投稿ですが、キャットの話題と違うテーマの、



格安で短期間にパソコンのスキルが飛躍的に向上するオファーを紹介します。



【パソコンのスキルが低くて、思ったようにアフィリで稼げていない方】


を対象に、その方が【 大きな得をする 】オファーがあります。




よく、


「パソコンのスキルが無くてもアフィリエイトで稼げるよ」


という人がいますが、私は無理だと思います。




なぜなら、


アフィリエイトはパソコンを使って行うビジネスですから、
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^


パソコンを使ったビジネスを行うのに、
パソコンスキルが低いままで成功する訳が無いからです。




パソコンスキルが低い方には以下の傾向があります。



・アフィリサイトを作るスピードが各段に遅い

・アフィリ促進のツールを上手に使いこなせていない

・PPCアフィリの効率が悪い

・SEOの掛け方が中途半端で上位表示されない



上記に当てはまる方は、アフィリ活動を行うその前に、
まずパソコンのスキルを上げていかないと、
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^


なかなか稼ぐことはできないと思います。



武器を持たずに○裸で戦っているのと等しいと思います。




中には、パソコンスキルが特別に高く無いけれども、
外注を上手く使って稼いでいる人もいますが、


その外注を上手く使うのにも、
ある程度のパソコンスキルは必須なのです。




「そんなこと分かってるよ!!」



「でも、パソコンを習うのに
 高いお金と時間をかけてる余裕は無いんだよ!」




という方には大きな得をするオファーがあります。



パソコン教室に通う、わずか【10分の1の時間とお金】で、
パソコンスキルを各段にUPさせることができる夢のような講座があります。



この講座は、販売開始から6か月で3000本も売れている、
今話題の講座なのですが、



売れている理由は、ただ1つ、



かけた費用に対しての効果(スキルアップ)が抜群に高くて、
急速に【 口コミで広まっているから 】です。




そしてここからが今回のオファーの内容なのですが、



今なら5日間限定で、パソコン初心者の方には目から鱗の、
総額2万円以上もする12個の特典を無料でお付けしております。



パソコンスキルが低くて思ったように稼げない方は、
まずはこちらの講座でパソコンスキルを短期間で上げてしまうのが得策です。



オファーは【5日間限定】ですので、お早目にご検討ください。




↓5日間限定のオファーを確認するにはコチラから↓

http://f001.sublimestore.jp/trace.php?shtq=383750TdUOFv





実際に受講された方の生の感想も多数掲載していますので、
ご確認ください。




以上、手を止めてここまでお読みくださいまして
誠にありがとうござました。



『パソコン教室に通う1/10のお金と時間で、Excel、Word、PowerPointのスキルが!』

http://f001.sublimestore.jp/trace.php?shtq=383750TdUOFv

かみつき癖

かみつき癖

猫のかみつき癖に対処するには、どのような状況でかみつくのかをよく観察して「攻撃のタイプ」を明らかにすることが大切です。

攻撃のタイプは次のような6つに分類されています。

●支配性が関連しているもの
●縄ばり(テリトリー)意識からくるもの
●痛みから誘発されるもの
●恐怖から誘発されるもの
●母性本能からくるもの
●捕食性(獲物をハンティングする本能)からくるもの

 動いているものに興味を持って飛びついてくるようなので、捕食性や支配性、テリトリー性からきている可能性が高。

足に飛びつくとき、猫が獲物を狙うときのように体を低くしてお尻を振り、ネズミを追うように飛んでくるのであれば、捕食性が強く疑われます。ある一定の場所を通るときにかみつくのであれば、縄ばり意識が関与しています。

 最近では、屋内飼育で、猫と人間の関係が親密化していることから、猫も犬と同様に、アルファーシンドローム(猫が人間よりも上位の社会的優位性を示すこと)を表すこともわかってきています。食べ物を触ろうとしたらうなる、なですぎるとかむ、寝ているときに攻撃して、自分に注目させようとするなどの行動が見られるときには、このシンドロームの可能性があります。

注意をそらせたり、驚かせたりするのが効果的。

 攻撃のタイプによって、対策は異なりますが、いずれにしても、猫は犬とは違い、叱っても学習効果がありません。かみつきをやめさせるには、猫の気をそらしたり、驚かせたりするのが効果的です。

 かみつき行動が捕食の本能からきている場合は、攻撃を、人からおもちゃに向けさせることができます。例えば、糸でぶら下げた揺れるおもちゃなどを使って、猫の興味をそちらにそらしてみましょう。

また、猫が好んで襲いかかって来る場所を通るときや、猫が興奮しすぎたときには、おもちゃを投げて、注意をそらしてもよいでしょう。

 猫が人の足をかんだときには、罰を与えてください。罰といっても、怒ったり、たたいたりするのではなく、水鉄砲や霧吹きで驚かします。大きな声や笛などの音を出すのも効果的。できれば、かみつかれた本人ではない第3者が隠れて行い、猫には「天罰がくだった」と思わせる方が効果があります。

 アルファーキャットシンドロームであれば、過剰な愛撫が刺激になって、その手をかんでいると考えられます。ふつうの猫でも、抱きしめられたり、なでられたりといった体の接触には、耐えられる限界があり、この限界を超えてしまうと、普通は逃げようとしますが、ときには攻撃行動にうつることもあります。どの程度愛撫するとかみつくのか知り、攻撃に先立つサインを感じたら、猫に触れないようにしましょう。また、猫への体罰は、防御的な意味での攻撃性を高めるだけですので、おやめください。

2009年6月2日

コミュニケーション

多頭飼育

 猫の社会化の期間は、基本的には8週齢までですが、複数買う場合は、猫同士のことなので、折り合いはじきによくなると思われます。

ただし、猫は単独行動をする動物ですから、多頭飼育に慣れるまでは、多少なりとも、お互いにストレスを我慢しなければならないでしょう。

 先住の猫がいる家庭に、新しい猫を迎える場合、まず、気をつけなければならないのが、病気の感染を防ぐことです。

新しい猫を迎える前には、両方の猫に病院で健康診断を受けさせてください。

健康診断の項目としては、全身の身体検査、皮膚病(外部寄生虫やカビ)やノミの寄生、ミミダニ、糞便の検査、ウイルス検査(ネコ白血病ウイルス・ネコエイズウイルス・ネコ伝染性腹膜炎ウイルス)があります。
健康ならば、3種混合ワクチンを接種しましょう。先住猫も、ウイルス検査で陰性であること、ワクチンをこの1年以内に接種していることが必要です。

 ワクチンでは、現在4つの病気を予防できますが、それ以外にも解明されていない病気がたくさんあるので、最低1週間は、「検疫期間」として、2匹の猫を別々の部屋に隔離し、伝染病を予防します。

また、どちらかの猫を触ったときは、手を消毒してから、もう一方の猫に触れるようにします。

ここまで徹底する必要があるかと思われるかもしれませんが、室内で安全に暮らしていた猫に、病気の猫を入れてしまったら、彼らには逃げるところはありません。

愛猫が健康に暮らせるよう、新しい猫を迎え入れるときには、必ず上記のことを実行して、病気の感染を予防してください。

お互いの気配やにおいに徐々に慣らす。

 隔離期間が終わったら、両方のえさ箱をドア越しに近づけてください。

 お互いの気配やにおいに警戒するようなら、えさ箱の位置を少し離します。

 お互いの気配に慣れてきたら、今度は姿を少しずつ見せるようにします。

 警戒するようなら、ドア越しの状態に一旦戻し、再び気配に慣れることからやり直します。

 お互いの姿を少し見せて、慣れてきたら、時間を決めて一緒にするようにします。

 こうして徐々に時間を増やしていくと、最終的には一緒に暮らせるようになります。


2009年6月1日

避妊

猫の避妊

-去勢・避妊の時期-

生後6ヶ月頃にしましょう。
猫ちゃんは、一度さかりがついてしまうと、その後去勢・避妊をしても、その後の発情期にも何度か性欲が出てしまい、苦しめてしまう事になります。
一度くらい出産させてあげようというのは人間のエゴです。

以下の人は必ず去勢・避妊をして下さい。

●産まれた子猫ちゃんを飼えない
●産まれた後の貰い手が決まっていない

-さかりがつくとどうなるか?-

オスは他のメス猫のにおいを嗅いで発情期になります。
メスの発情によりさかりがつきます。
メスは生後7ヶ月位から発情期が3ヶ月ごとにやってきます。
発情の期間は1ヶ月程度で、

オス
●なわばりを主張する為に、スプレー(臭いのきついオシッコ)をあちこちにし始める
●大きな声で鳴く
●外に出たがる

メス
●大きな声で鳴く
●床や壁、人などに体をこすりつける
●しっぽのつけ根をなでるとお尻を持ち上げる
●おしっこの回数がふえる
●ご飯を食べなくなる
●アソコをたくさんなめる

さかりのついた猫ちゃんは、想像以上にうるさく、人間にとって大変です。
さかりがついて手に負えなく捨ててしまう人も絶えません。

つがいで飼育していたり、プロの繁殖をされている方は別ですが、単体で飼っている方は相当の覚悟がなければ去勢・避妊をしましょう。
6ヶ月頃に去勢・避妊をすると猫ちゃんは小さい頃のままの性格で飼いやすく、大人しくなるといいます。

-去勢・避妊の費用-

オスは8000~30000円程度
メスは20000~50000円程度

が相場です。

残念な事に、貰い手のない子猫ちゃん、野良猫ちゃんが毎年かなりの数、殺されています。

不幸な猫ちゃんを増やさないように、去勢と避妊をすすめます。

一度位、子猫ちゃんを産ませてあげたいという気持ちは親心としては充分理解できます。
しかし、産まれて来る子々孫々の猫ちゃんにまで責任をもてなければ、いつかは子々孫々の猫ちゃんが路頭に迷う事も、保健所に連れて行かれて殺される事もあるのです。

猫ちゃんにとっても、発情期が来る前に去勢・避妊を行えば、発情の残りを経験せずに、苦しい思いをせずに暮らす事が出来ます。

2009年5月31日

個性

 猫それぞれが持っている癖はたくさんあります。そして、食事と関係した癖もいろいろあります。その中には、他の猫でも見られるポピュラーなものもあれば、その猫しかしないオンリーワンの癖もあります。そして、その癖を身に付けた理由も、ちゃんとした訳のあるものもあれば、単なる偶然からするようになったものまで、さまざまです。

 私たち人間もいろいろ癖を持っていますが、その理由を求められて答えられるものと、そうでないものがあります。同じように、猫の癖の中にも、深い背景を持ったものから、意味はなく身に付けてしまったものまであります。


猫も癖を持つこと

 “イタズラ(悪戯)”は漢字の通りで、「人の迷惑になるような遊び」や「悪ふざけ」のことです。対して“癖”とは、その猫が独自に持っている「決まり」や「習慣」のことです。猫の行動は、イタズラではなく癖や習慣のように思います。

 猫の不思議な癖の中に、「決まったものを、決まった場所に持って行こうとするもの」や、「決まったものが、決まった場所にないと落ち着かない」などというものがあります。このような猫は几帳面で、そのものを飼い主が片付けたりして別の場所に移動させると、決まった場所にないことに慌てて探し回ったり、いつの間にか元の場所に戻しておいたりします。


所有権の主張の意味も

 この癖の理由を、明確に求めることは難しいと思います。
 あえて求めるとしたら、いくつか挙げることはできますが、どれが当てはまるか、または全く的外れか、猫に聞いてみなければわからないでしょう。

(1)オモチャを置くことで、所有権を主張する
 お気に入りの場所に、だれもがその猫のものだと理解しているものを置いて、席取りの様なことをしてそこを離れる猫がいます。それと同じように、自分のオモチャを食器に入れることで、その食事の所有権、占有権を主張しているのかもしれません。

(2)食べ方やハンティングを、子猫に教えるための行動
 母猫が子猫を食事場所に連れてきて食事の仕方を教えますが、子猫のいない時にもこの行動をとることがあります。主にメス猫で見られますが、オス猫でも見られることがあります。飼い主やぬいぐるみを子猫に見立てて、おみやげ(虫などの獲物)を持ってきたり、ぬいぐるみやオモチャを子猫に見立てて、食事場所に連れてきたりします。

(3)オモチャを食器に入れたときに、飼い主の関心を強く引くことができた
 思わぬ行動で飼い主の関心を引けた場合、その行動が強く記憶に残り、くり返すことがあります。軽いものであれば問題ありませんが、エスカレートしないように注意しましょう。飼い主の愛情過多、関心不足の両方とも原因となります。

(4)オモチャを食器に入れたときに、思いがけず違う食事が手に入った
 サプライズで起こった幸運は、とても記憶に残ります。飼い主がこの幸運をくり返し与えていると、行動は定着していきます。

  行動の理由が何であれ、オンリーワンの癖として許容できるのなら、個性的な不思議な行動として見守ってあげてください。



2009年5月30日

忠猫マリオ

マリオの習慣


夕暮れ時。

 トイレで用を足し終え、廊下にでた。

 ふと玄関の方を見ると、マリオがベランダにちょこんと座っていた。

 居間のドアに、装飾としてついているガラスから仄かな西日が白猫を照らす。幻想的な光景であるが、どこか憂いを帯びている。

 またか。軽い溜息をつく。

 今日もまた、マリオの癖が出てしまったようだ。

 白猫の隣へと歩を進め、屈む。

 頭を撫でてやると、一瞬ピクッと動き、すぐに踝(くるぶし)にすり寄ってきた。

 しばらく顔を擦りつけた後、また先ほど同じ体勢に戻った。

 マリオの癖は、嫁に行った娘を待つことだ。

 毎日決まった時間に、こうやってベランダに座って、仕事から帰る娘を待っているのだ。

 もう、待つ必要なんてないのに。

「なあ、もう居間に行こう?」猫を諭すように言う。

「待ってても帰ってこないんだから。いい加減判ってくれよ」

 白猫は、抱き上げようとすると、暴れて拒んだ。

 意地でも待つつもりらしい。

 どうして待つのをやめないんだろか。

 お前はもう娘の帰りを待つ必要はないんだよ。

 だって、娘は……。

 ああ、やっぱりこいつにはわからないんだ。

 人間の事情なんて……。

 なあ娘、お前は、大分こいつに慕われてたんだな。

2009年5月29日

猫の性格と飼い方

人間にとって、物を噛んだり、ひっかいたり、テーブルの上に乗ったり・・・

そんな事は迷惑な行為ですが、ネコにとっては通常の行動に過ぎません。

「ネコへの躾」はあくまで人間にとっての迷惑行為を遠慮してもらうという感覚で取り組んでくださいね。

人間が人間にとっての迷惑行為で、ネコに怒っても、ネコは怒られていることがわかりません。


怒りすぎや、体罰は厳禁です。

性格を歪ませたり、極端におびえるネコにさせてしまうだけです。

あまり怒りすぎると、「飼い主が自分を嫌っている」と認識し、飼い主との関係を悪化させるだけです。


迷惑なことをされたら、「コラ!」「ダメ!」といった、いつも同じ言葉で怒りましょう。

注意したいのは、名前で怒らない事です。

名前を呼んで怒ると、ネコは名前が怒る時の言葉と勘違いしてしまい、呼んでも来なくなってしまいます。


ネコと上手く共同生活をするコツは、ネコをしつけるというよりもネコの必要なものを必要な場所に用意してあげる事です。

ネコにとって不満がなければ、人間にとっての迷惑行為も激減します。









2009年5月28日

猫の食事

-キャットフードを選ぶ時の注意点-

●成長にあわせて、「総合栄養食」の缶詰やドライフードをあげましょう。
缶詰には「一般食」と「総合栄養食」があります。
「一般食」のみをあげ続けてしまうと栄養のバランスがよくありません。
主食にあげるのは「総合栄養食」にしましょう。

●ネコの病気で多いのが「猫下部尿路疾患(F.L.U.T.D)」です。
ネコの泌尿器に関わる疾患の事を言います。
オスの猫ちゃんはメスの猫ちゃんより尿道が細く長いのでかかりやすく、近年増加傾向にあります。
泌尿器疾患は、排尿が困難になり尿路が閉塞してしまうと嘔吐や脱水症状を引き起こし最悪は死に至ります。
日頃から「猫下部尿路疾患(F.L.U.T.D)」対応のキャットフードを食べさせてあげましょう。

●猫と人間では必要な栄養素が異なります。
人間の食べ物では塩分が濃すぎてしまうので、猫は猫専用のフードをあげましょう。
また、ネコは好き嫌いの激しい動物で小さな時に食べたものしか食べない
傾向にあります。

●猫に食べさせてはいけない食べ物

タマネギ、ネギ、ニンニク
にぼし、のり、アワビ、サザエ
骨付き魚、生魚、脂の多い魚、小魚
イカ、タコ、エビ
牛乳(人間用)、レバー、生卵、野菜
香辛料、チョコレート
ドッグフード等他の動物フード

可愛いからと言って、ついつい人間の食べ物をあげないようにしまよう。
赤ちゃん子猫、成猫に牛乳を飲ませると下痢をしてしまいます。
子育ての場合にも必ずキャット・ミルクをあげて下さい。





2009年5月25日

新型インフルエンザ対策

猫の話題ではありません。

先週末、感染拡大中の京都に3日間行ってきました。

現地ではマスクをしていますと、何となく安心感がありました。

市中在庫が少ないそうです。

備えあれば憂いなし、とは行きませんが、準備に越したことはありません。

【6月中旬出荷】★サージカルマスク3層式 1箱50枚セット 新型インフルエンザ対策に!耳かけ式【★なでしこスタイル★】

2009年5月24日

感情表現

猫の感情表現

甘えている時、嬉しい時、おねだりする時
・身体をこすりつけてくる。
・頭をこすりつけてくる。
・頭をガツンと押してくる。
・尻尾を巻きつけてくる。
・喉をゴロゴロと鳴らす。
・尻尾をピーンと立ててブルブル震わせる。
(これは、ママ猫ちゃんにお尻をなめてもらっていた頃の名残の習慣です。)
・タオルやお布団、クッション、人間の衣類などにお手手を使ってモミモミ。
(これは、ママ猫ちゃんのおっぱいをモミモミしていた時の名残の習慣です。)

怒っている時
・シャーっと威嚇をする。
・耳をふせる。
・尻尾をふくらます。
・髭をさげる。
・目を細める。

何かを狙っている時
・ふせの姿勢のように、身体を低くし、頭を下げてじーっと獲物を見つめます。

落ち着こうとしている時
・全身を毛づくろいする。
・爪とぎをする。

自分の気持ちを主張している時
・頭をこすりつけてくる。
・頭をガツンと押してくる。

毛づくろいをしている時はどんな気持ち?!
・落ち着こうとしている時
・照れている時
・体温を調整する時
爪とぎをする時はどんな気持ち?!
・単に爪をといでいる時
・自分の匂いをつけている時
・気持ちを落ち着けている時
・ストレスがたまっている時
・怒っている時

砂をかける仕草をする時はどんな気持ち?!
・何かに触れて違和感を感じた時
・臭いものが近くにある時

2009年5月23日

神様

「猫は神様」

他事争論もあると思いますが私なりに書いてみます。

皆様は猫と犬、どちらを飼っていますか。

猫と犬は本当に対象的だと思います。

犬のルーツは狼で人間が食事をしている時に食べ物が欲しくて狼の方から人間に近付き食物をねだり、又人間も狼がおとなしかったので手なずけることには苦労しませんでした。

それが元で現在の犬となったみたいです。

犬の気持ちとしては「僕のために餌をくれるなんて、人間は神様なんだな感謝をして人間に尽くしてあげよう」と思っていると考えます。

現に餌を貰うときに「お手」や「ちんちん」等の芸を必ずといっていいほどします。

また犬は単独行動はせずに、群れをなして生活していたのでいまでも知らない犬どうしでも比較的すぐ仲良しになります(たまに気の会わない時もあります)

しかし猫はどうでしょう。

猫は昔から猫で人間には近付かず単独で行動していました。

猫は自分のことは自分で行う主義で群れを作る習慣がありません。

そのため人間には餌を求めなかったのです。

また猫は古代エジプトでは神として慎重され人間に大切にされました。

逆に魔性としてヨーロッパでは嫌われた時もありました。

どちらにしても「良い神と悪い神」の両方をもっていたわけです。

現在の猫もそのなごりがあって、猫の気持ちとしては「僕のために餌をくれるのはあたりまえ、ついでにトイレの掃除もしろよ」と高飛車である。

ほとんどが猫のペースで人間が猫に振り回されているのが現状ではないでしょうか。

みなさんも思いだしてください、猫との日々の生活を・・・・・・。

でもそんな気ままな猫が大好きなんですね!

また猫の性格がうらやましいと思うのは私だけでしょうか?

とにかく猫と付き合うには猫の方が人間より上みたいです。

自由気ままな猫達にばんざーい。


2009年5月21日

好きな人間・嫌いな人間



猫の好きなタイプ

・高音の声
・穏やかな話し方
・動作が激しくない
・気性が激しくなく同じ態度で接する
・優しいコミュニケーションをとる
・適度なスキンシップをとる
・匂いのキツイ香水をつけていない
・しつこくない


猫の嫌いなタイプ

・激しい動作
・気分屋
・しつこい
・激しく触る
・しつこく抱こうとする
・うるさい
・怒鳴る
・怒りっぽい
・乱暴
・威圧的
・香水の匂いがキツイ


2009年5月19日

猫の健康

猫の健康

-三種混合ワクチン-
●猫ウイルス性鼻気管炎(猫の鼻風邪)
●猫カリシウイルス感染症(猫のインフルエンザ)
●猫汎白血球減少症
ワクチンとは猫ちゃんに病気の免疫を与え、その病気を予防する為のお注射です。
伝染したり、最悪は死にいたる病気が多いので、適当な時期に三種混合ワクチンを受けましょう。
-予防接種の時期-

母親猫ちゃんから受け継いだ免疫がなくなってしまうのが生後2ヶ月位です。
免疫がなくなると病気にかかりやすくなってしまうので、その頃が1回目の予防接種の時期です。(生後2~3ヶ月)
その3週間後に2回目の摂取をします。
生後3ヶ月以上の猫ちゃんを飼ったら、すぐに病院にに連れていき、予防接種を受けましょう。


-予防接種の費用-

2回分で6~10000円程度です。

-注意したいこと-

健康ではない状態(免疫が低下した)時に接種した場合、発病する事もあります。

●食欲がない
●便がゆるい
●元気がない
●体重がへっている

こんな症状が見られたら、予防接種は控えましょう。
予防接種前に健康診断をしてもらいましょう。

可愛いペットを大事に育てるのが、飼い主の責任です。

2009年5月18日

猫の癖


猫の癖いろいろ


●マタタビが大好き。(たまには嫌いな猫もいる)

●家の中で自分が一番偉いと思っている。(わが道を行く)

●じつは、猫舌は嘘だ。(時々だがぬるま湯を飲む)

●ねこじゃらしで遊んであげると息切れするまで遊ぶ。(以外にしつこい、やりすぎには注意)

●飼い主の家族の足音を聞き分ける。(あっ!○○○が来た)

●捕まえた獲物を1回で殺さず何回かに分けて殺す。(やるなら一発でやれー)

●他の猫と偶然でくわしたときに、勝てないと思ったら逃げる。(ヤバイ 逃げろ!)

●高い所が好き。(ところかまわず上る)

●猫は普通足音を立てないが、うちのはドタドタ歩く。(やっぱり家のなかで存在感がある)

●荷物が着いて箱を開けると必ずのぞき、箱に入ってしまう。(邪魔だ!)

●生ごみをあさるときがある。(あさってもいいがかたずけろ)

●知らない人はあまり好きではない。(時々人好きな猫もいる)

●高い所が好き。(ところかまわず上る)

●狭い所が好き。(体がようやく入るティッシュペーパーの空箱が大好き)

●必ず何かの上に座る。(だってー、肉球が冷たいんだもん)

●びっくりすると異様なまでに飛び上がる。(飛んでもむだなのに)

●飼い主に怒られると、その場だけシュンとするが、すぐに立ち直る。(気にしないも~ん)

●部屋の扉を勝手に開けるのは良いが、閉めない!(開けたらしめろ)

●名前を呼んでも、しっぽだけで反応する(横着なやつ)

●猫は夜行性なので昼はほとんど寝ている、意地でも起きない。(起きろー)

●家の中で一番良い場所を必ず占領している。(暑いときも、寒いときも)

●毛繕いの後、舌をしまいわすれている。(べろべー)

●けんかの途中落ち着くために毛繕いを行う。(一休み)]

●指を近づけると臭いを嗅いでしまう。(何度やっても臭いをかぐ)

●ご飯をいそいで食べると吐く。(苦しい)

●無防備な猫は腹を出して寝る。(どうにでもしろ)

●失敗した時は知らん顔をしてとぼける。(恥ずかしいー)

●何かねだる時は必ず甘えるがそれ以外はしらんぷり。(結構冷たい)

●人を区別する。(自分の都合に合わせて、おねだりをする)

●子供(特に赤ちゃん)が苦手。(自分に似てるから→わがまま?)

●うれしいときは尻尾を立てる。(普段はだらり)

●嬉しいときはのど(?)をゴロゴロならす・・・(なぜ?)

●雨が降る前に顔を洗う (湿度が関係しているんだって)

●獲物を狙うときはおしりを振る。(狙っているんだよ)

●健康に悪いものが大好き(イカ、タコ、エビ、カニ)


まだまだ、ありますよ。

2009年5月14日

猫の年齢

猫の寿命


マリオが亡くなって、しばらく経ってから猫の寿命を調べてみました。

平均的な寿命は15年でした(飼い猫の場合)。

長生きの猫も居ました。ギネスブックによれば以下の通りです。


現在生存中の長寿記録

現在生存中の世界一の長寿猫は、カタリーナ・レディというバーミーズ種の猫。飼い主は、オーストラリアのメルボルン在住のヘイワード夫人。カタリーナ・レディは1977年3月11日に生まれ、2002年4月現在25歳。


歴代長寿記録

ギネス認定の歴代最長寿猫は、グランパという名のスフィンクス猫の持つ34歳2ヶ月4時間で、グランパは1998年4月1日に天寿を全う。それまでの記録、1957年にマと呼ばれる猫が打ち立てた34歳1日を更新した。ちなみに、猫の34歳は、人間に換算すると152歳に相当する。


猫と人間の年齢の対比表です。
(クリックすると大きくなります)

2009年5月9日

マリオのつぶやき

愛猫マリオの13年のライフストーリイをお届けしました。

次回から、古い写真に折々のマリオのコメント(つぶやき)を添えて、

想い出をたどります。

次回から。

2009年5月5日

あとがき

ーあとがきー

 ペット法(正確には、「動物の保護及び管理に関する法律」)が二六年振りに改正されました。過去のものはペット飼育に関して努力目標の規定になっており、実効性に乏しいものでした。

 改正法では、ペットを殺したり傷つけたりした場合に一年以下の懲役か百万円以下の罰金、餌を与えなかったり捨てた場合にも三〇万円以下の罰金となりました。従来は虐待や捨てた場合に三万円以下の罰金でしたから、大幅に厳しくなっています。

 法律の名称も「動物の愛護及び管理に関する法律」に変更されました。

 人間とペットの関係を法律で規制するのは不自然ですが、人間の勝手で不幸な末路をたどるペットも数多い中で法律に「保護」から「愛護」という精神を定義した意味は大きいと思います。

 ペットとして命あるものが、人間の庇護下に置かれた時にその依存性は限り無いものです。一時のきまぐれや衝動でペットを飼育しその煩わしさ故にペットを遺棄する人も少なくありません。

 ペットを飼う時は相当の覚悟が必要です。ひとつの命を預かるのですから、生易しいものではありません。
この世に生きるもの全てに(当然のこととしてペットにも)心があります。
 ひとつの例を紹介します。
 アメリカの獣医学者であるM・W・フォックス氏の著書に猫の喪中病のことが書いてあります。フリポーという猫の話です。

“この猫は飼い主であった女性の死をひどく悲しみ、彼女の寝室に閉じ込もった切りで何日も出てこようとしなかった。ベッドの横にうずくまり、誰かが近づくと逆上して飛びかかっていった。葬式の日には霊柩車について墓地まで行き、それから日曜日ごとに御主人といっしょに墓参りを続けた。そのうち毎日ひとりで墓に行くようになり、そこで物思いにふけるようになったのである。(原文のまま)

 フリポーという猫の行動は我々が認識しているペットとしての猫の能力をはるかに超えた行動ですが、人間の感情にも匹敵するような猫の(飼い主にたいする)愛情だと思います。

 命あるものは想像を超えた心を持っています。本書の主役であるマリオの死も飼い主同然だった娘が嫁いで居なくなったことが(体調が悪かったことと併せて)、精神的に起因しているような気がしてなりません。

 世の中のペット愛好家に訴えたいのは、愛玩対象としてペットではなく、人生のパートナーとしてペットの心を理解することに努力してほしいのです。

 そのことにより自分自身の気持ちを癒したり、心にゆとりを持てるようになって生きる勇気の支えにもなります。生活にも潤いが出て、気持ちが豊かになります。

 さらに、裏切ることのない真の友人としてペットを愛護してほしいのです。生あるものは何であれ、自分を大事にしてくれた人間にたいして、掛け値なしにその心を開いてくれるからです。


長い間、ご購読いただいた読者の皆さんに心から感謝いたします。

ありがとうございました。

2009年5月4日

追悼

ー備忘録ー

○ 生年…1986・4・15岩手県盛岡市生
[備考ー1987・4・1 国鉄民営化]

○ 猫種…PERCIAN(ペルシァ)

○ 容姿…BODY・COLORーWHITE

○ EYE・COLORーCOPPER

○ 性別…MALE(雄)

○ 資格…CAT・JAPAN 公認血統

○ 経歴…盛岡4年~仙台9年~盛岡3日(転居三回)

○ 性格…温厚・寂しがり屋・プライド高い

○ 特技…でんぐり寝・ライオン座り、子育て

○ 趣味…昼寝・食事・子供達のお相手

○ 嗜好…好きー家族、メロン、鳥のささみ。

    嫌いー赤ちゃん、獣医他

● 没年…1999・4・18 AM9・00
タクシー車内、次男の膝上にて永眠

● 享年…満13才と2日

● 法事…平成11年4月18日通夜
     平成11年4月19日告別・火葬
     平成11年4月20日埋葬

● 墓標…FOR THE FAMILY

2009年5月3日

追悼

ーお便りー


天国のマリちゃんへ。

 
あなたが亡くなってから一年が立ちました。


 去年の春、マリちゃんが生まれ育った盛岡に戻って二日目に、突然天国へ旅立たれて残った私達家族は大変でした。

 この一年は近所の猫ちゃんや白い物を見る度、マリちゃんを思い出していました。
 

マリちゃんにお知らせがあります。

 あなたが一番大好きだったお姉ちゃんが、この春に可愛い女の子を出産しました。

 子育て上手だったマリちゃんにお願いします。

赤ちゃんが明るく健やかに育つように、天国から大好きなお姉ちゃんを応援して下さい。

お願いします。


ーあなたのママよりー

2009年5月2日

追悼



ー余談ー



 マリオが死んだ日、引っ越しの手伝いに来ていた次男が、マリオの死に顔をしみじみと見て慈しむように頭をなでて遺体に線香をあげてから、仙台へ出発した。


 仙台に到着して、電話を受けた母親に言った。


高速道路を時速130キロで飛ばしながらボロボロと涙が止まらなかったという。


 一見、無愛想な関係であったが、小学生時代から大学院生になるまでの13年間、存在感の強いきずなに結ばれていたのだろう。




2009年5月1日

追悼



 マリオが居なくなってからは夫婦二人の生活になった。

 常々、「二人と一匹で盛岡暮らしだな」と言ったが、その前提が崩れてしまった。

 夫婦二人(亀は健在)の生活はまことに単調である。

 とりあえず、自宅の書斎を事務所に始めたSOHO型のビジネスで、すぐに仕事があるわけでない。

 今までのサラリーマン生活と異なり、二四時間夫婦一緒に居ると些細なことで時々衝突する。

 どちらにも緩衝機能がないから、会話も途絶える。

 そんな時、「マリオが居てくれたらな」と思う。妻も同じである。

 さらに家をリフォームする時に外装から、内装の床、壁、天井を全てリニュアルしたがドアだけはマリオ専用のくぐり戸があるため再利用した。

使い主の居ない小さな戸が、余計不在感を煽っている。

 地方の設計会社の技術顧問がまともな仕事で、本来のデザイン事務所は稼働していない。
 なんとなく気合いが入らない。

 事務所を法人化して、技術士と一級建築士の事務所登録をしなければならないのだが、緊迫感が湧いてこない。

 盛岡へ戻って、生涯現役スタイルで頑張ろうと思った意欲が薄くなっている。

 これをペットロス症候群と言うのかもしれないが、空虚感が先にあってその実感はない。

 マリオの一回忌までには形ばかりでもステイタスを整えたいと考える。


それが天国のマリオの供養になるだろうと、日々の無気力を慰めている。



              ボクもそういう時ってあったな!








2009年4月30日

追悼



 我が家の場合はペットを飼う動機として犬でも猫でも良かった。

 国鉄改革という激動の中で一家をまとめるための手段として、マリオを飼った。

 子供たちが思春期から独り立ちするまでの十三年間、マリオは家族のよりどころとして生きてくれた。

 マリオは転校で色んなハンディを背負った子供達に、心の安らぎを与えてくれた。親は口やかましく色々要求するが、マリオは子供達に何も言わないで側にいた。

 子供達は外部で不愉快なことがあってもマリオに命令したり、じゃれたり、添い寝をしたりした。

そうすることにより心の安心を取り戻し、マリオに真の愛情を感じていた。マリオは子供達の物を言わない親友であり、誇り高い子育て猫だった。

 父親が「鉄道民営化」という改革を駆け抜けるために、生活の変革を共にした三人の子供たちと妻に「愛と勇気」を与えてくれた。

 さらに、生あるものへの命の愛しさも教えてくれた。一緒に過ごした情緒豊かな時間や折々に見せたしぐさの記憶を数え切れないほど残した。与えてもらったぬくもりの大きさは計り知れない。

 そのマリオが、娘の嫁入りや次男の大学院進学の一週間後、子供たちの新たな旅立ちを確かめたかのように、故郷の盛岡に戻った翌日に天国に旅立った。

 子供達は思春期の難しい時期を、父親の都合で転校し挫折しながらも屈折することもなく、いわば平凡であるけれども他人に迷惑をかけないで、成人してくれた。

 自慢するところは何もないが、親としては満足である。

 国鉄からJRへ、仕事に没頭して充分(家族を)フォローできなかった。

 ネコ派的な子供まかせ(マリオまかせ?)の子育てであった。

 気持ちはイヌ派なのであるが、こちらの方は新生の鉄道会社に向いてしまった。
 
人間と同じ生活のペットは、人間と同じ病いが多いという。糖尿病、虫歯等、生活習慣病そのものである。マリオも腎臓の不調をかこっていたが、通院しながらも日常生活で飼い主に手を患わせる事も無かった。

 老年になって動作が緩慢になるとか食が細いなどの若干の老化現象はあったが、いざと言う時の俊敏性は残っていた。

 犬や猫は最初の一年が20才に該当し、後の一年を4才にカウントする。マリオの年令は人間で言うと約70才にあたる。

 獣医の「まだ5年は生きますよ」という言葉を信じて飼い主として油断があったかもしれない。

 人間のように老化による介護もなしに、1時間ぐらい苦しんだだけで、末っ子である次男の膝のうえで息を引き取った。

 家族に迷惑を掛ける事もなく、穏やかな死だった。

 愛しいものの死は、残されたものに存在を厳しく問う。

 家族としては、あまりにも突然の別れに戸惑いを隠せない。JRを退職し第二の関連会社も辞した直後である。

 火葬の朝、ささやかなデザイン事務所の看板が立てられたが、マリオの旅立ちと決別を象徴しているようだった。



               晩年のマリオ





2009年4月29日

追悼



 マリオの死は家族にとって象徴的だった。


 八年振りに戻った家の庭は荒れ放題である 家を建てると同時に植えた桜が根元から枯れていた。


 庭のシンボルのような木だった。 普源桜という樹種で、満開になると大粒の八重の花がはち切られんばかりに咲いた。


 初春を彩る吉野桜と違い、一ケ月以上も精一杯咲き続ける。


 前年の秋までは辛うじて小さな芽を残していたが、引っ越し後に確かめたらマリオの死と呼応したかのように樹全体が枯れていた。


 マリオが死んで一ケ月後に八幡神社にお参りに行った。自宅のリフォーム報告と各地にいる子供達を含めて新生活の祈願である。


 境内で恒例の植木市が開かれていた。


 参詣の後、夫婦でぶらぶらと見て回った。


 枯れた桜と同じ木の苗を見つけた。小さな木であったが、淡いピンクの大粒の花を十数個つけていた。


 樹高の割に高価であったが、ためらわずに買った。


 木登りの好きだったマリオがよく登った普源桜である。


 ネムの木も買った。桜はマリオが幼くて元気だった頃の思い出だ。 ネムの木は妻が求めたが、追悼の意味があるのかもしれない。


             マリオの好きだった普源桜


2009年4月28日

追悼



ー白い物はマリオ?ー

 一晩、マリオの骨を祭壇にあげて、翌日埋葬に出かけた。

 マリオを埋葬して夫婦で帰る道すがら、野良風の猫にあった。赤い虎模様である。チッチッと舌を鳴らすと逃げないで見上げている。

 妻は「アッ、猫ちゃんだ」と言って近づいて頭をなでてやる。

 夫婦で立ち止まっていたが、そこに居るのはマリオではない。

 妻は「元気でね」と言って、立ち去った。

 振り返ると、猫はキョトンとした表情で我々を見ていた。

 家に戻り、中途半端になっている引っ越しの片付けを始めた。全く気が乗らない。

 マリオの突然死騒動で、なんとなく片付いているのは仏壇をセットした一階の和室のみで、他の部屋は段ボール箱の山である。

 盛岡に引っ越してから三日目であるが、今までの転勤のように翌日から出勤というわけでもなく、急ぐ必要もないためにゆっくり片付けることにした。

 気の乗らないまま、段ボールを持って運ぶと物陰にチラッと白い物が見える。

 瞬間的に「アッ、マリオ!」と錯覚してしまう。


 喪失感より不在感が強いのだろうか。死んだと思っていてもついそう感じてしまう。

 このことは数か月続いた。

 妻も同様で、「白いのを見ると、アレッ、マリちゃん、と思うよね」と言った。



                   段ボールの探し物


2009年4月26日

追悼




ー火葬ー

 ハワイへの新婚旅行から帰った翌日(マリオの死んだ翌日でもある)、朝一番の新幹線で娘が死んだマリオに逢いにきた。

 玄関を入るやいなや祭壇のある一階の和室に入った。

 飾ってある写真の前で、大粒の涙をポロリとこぼした。

 「マリちゃん」と言ったきり絶句した。

 数秒して、遺体に掛けてある白い布をとって、また呼んだ。

 「マリちゃん」

 薄く目を閉じて静かに寝ているようなマリオは何もこたえない。

 娘は夫が「マリオの好きな」と言って、持たせてくれたメロンを祭壇にあげると、マリオとの思い出が蘇ってきた。

 新幹線の車中もそうだったが、祭壇で寝ているマリオとの十三年間の想い出が走馬灯のように浮かんで来る。

 ペット店で、目に入れても痛くないように可愛げだった。

 ヨチヨチと無邪気にじゃれていた幼い頃。

 二週間も家出をし、心配で受験勉強も手につかず眠れなかった日々。

 高校受験、大学受験と悩んでいる時、無心に横に座っていた。

 恋愛時代、帰宅が遅くなっても必ず起きて待っていた。

 結婚式の前日、別れの朝に意味がわからないながらも、寂しそうなまなざしだった。

 そのマリオが結婚式から一週間後に天国に召されるとは想像もしなかった。

 その日の午後、獣医院から紹介された動物霊園の火葬場で、マリオは小さな小さな骨になった。

 火葬の煙は、細く長い一筋の白い糸のように、どんよりとした曇り空にたなびいていた。

 一時間半くらい霊園の待合室で待ってから骨を拾いに行った。

 まだ熱い鉄板上の一塊の骨を見て、娘がつぶやいた。

 「マリちゃん、こんなに小さくなって…」 骨を拾う時、娘は再びマリオが元気だった頃を思い出して涙が出た。

 涙は熱い鉄板の上に静かに落ちた。[

 涙がマリオの骨に吸い込まれていた。最后の一ミリ程度の骨も惜しんで拾った。

 帰りの車で、マリオの骨の入った箱を抱えて、娘は無言だった。

 家に帰って娘が言った。

 「マリちゃん、帰って来たよ」

 ママさんが後ろで涙ぐんだ。

 祭壇にお骨をあげて、一週間前の結婚式や旅行の話の後に、マリオの骨の処理について話をした。

 ママさんと娘の意見は違っていたが、娘の「だって、フォア・ザ・ファミリィでしょう」の一言で決まった。

 娘はトンボ帰りで、その日の最終の新幹線で東京に戻っていった。

 新幹線に乗り込む時、「お父さんもお母さんもマリオの部屋で寝てあげてね」と言った。

                  マリオのゆりかご









2009年4月22日

ペットロスの衝撃

ー喪失感ー

 大きな犬を飼うつもりが、猫になり、マリオという名前で十三年間家族同然に生活を共にしてきた。

 言い方を変えれば、マリオの死は人間ではないだけに存在感は大きかったといえる。

 次男に抱かれたマリオの遺体が獣医院から帰るタクシーの車内で、家族全員一言も口を聞かなかった。

 マリオが死んだという事実が重くのしかかり、壮大な喪失感が家族全員の心を支配していた。

 家に着いて、玄関を入ったところでママさんが始めて涙混じりの声で言った。

 「マリちゃん、おうちに帰ったよ」

 引っ越しの始末も中途で、マリオの仏壇づくりをする。

 近所に住んでいる祖父が花をもって来た。

 写真や血統書を飾り、線香・ローソクを備えて、パパさん、ママさん、次男が拝んだ。

 祖父も手を合わせた。マリオの冥福を祈る。

 育った家で、老後を悠々と過ごす筈だったマリオは静かに横たわっている。

 子供達とマリオが育った広い家が益々ガランとした空間に感じる。

 家族のシンボルだったマリオが死んだという事実だけが、家の中を支配していた。



               幼かった頃のマリオ


2009年4月19日

老境





ーわかれの日ー


 その日の朝、二階和室の釣り押し入れの下に毛布を敷いて貰い寝ていた。二日間食欲がなくて何も食べていない。

 体調が悪い挙げ句に、引っ越しで見知らぬ人間がひっきりなしに出入りして落ち着く間がない。水を少しずつ飲んでいるので、尿意は催してくる。

 起きてトイレに行こうとするが力が出ない。隣の部屋には次男が寝ているが引っ越し疲れで起きる気配はない。力をふり絞って階段までいったが、トントンとは降りられない。

 一段一段ようやく降りて、降りきったところで我慢できなくなった。
 その場で催そうと思ったが、リフォームしたばかりの床にするのはまずいなと思い、タイルを貼った玄関に降りて何とか用を足した。 居間のドアの前に行って声をあげようとしたが、声にならない。

 しばらく座って待っていると、朝御飯を済ましたパパさんが中々降りてこないマリオを迎えに行こうとドアを開けた。ドアの前にちょこんと座っているマリオを見つけた。

 「オヤ、マリオ、降りてきたのか、入れ」と声をかけた。ドアを開けたままパパさんはテーブルに戻って読み掛けの新聞を見ていた。

 パパさんの後をついて腰をあげて歩こうとするが、後ろ足がふらついて歩くことがままならない。それでも頑張ってキッチンのママさんのところまで行った。

 「あら、マリちゃん起きてきたの、ゴハンをあげるね」

 餌と水をたっぷり貰ったが、においを嗅いただけで食欲は湧いてこない。

 流しで食器洗いをしているママさんの横に座っていたが、ますます苦しくなってきたので、居間つづきの茶の間に積んである段ボールの間で横になった。

 マリオの後ろ姿を見たママさんが、「アレ!、マリの歩き方が変だわ」と叫んだ。

 まずパパさんがきた。「マリオ、どうした大丈夫か?」

 ママさんがきた。「マリちゃん、マリ、マリ、大丈夫?」

 「あっ、駄目、病院に行かなくちゃ」
 「マリちゃん、頑張るのよ」

 マリオの状態は最悪だった。

 苦しさを訴えたいが、呼吸をするのが、精一杯である。

 ママさんは完全にパニック状態で、仙台の獣医院で紹介されてきた盛岡の獣医院の電話番号をメモした手帳を探している。

 パパさんもおろおろしている。

 「今日は日曜だな、参ったな」とつぶやいている。

 とりあえず、次男が起こされた。タクシーを頼んで、バスケットを準備して底にバスタオルを敷いて病院にいく用意をする。

 その間ママさんは、ようやく見つけた手帳の獣医院に電話をして、救急状況を説明して診療予約を取りつけた。

 タクシーが来ないのでイライラしながら待って、乗り込んだ車内が大変だった。

 次男の膝に抱えられたバスケットを覗きこんだママさんの励ましが必死だった。

 「マリちゃん、しっかりして、ガンバるんだよ」

 「ハイ、お水を飲んで」とガーゼに浸した水を口に当てる。
 
 飲みたいと思っている水が口に入るが、飲み込めない。

 ママさんの「マリちゃん、マリちゃん、しっかりして、頑張るのよ」の励ましが耳元に響く。

 頑張ろうと思うが頑張れない。

 心の中で「ママ、助けて」と叫ぶ。

 頭上からの「マリちゃん、マリちゃん」という悲鳴に近いママさんの呼び声が、段々かすんでいった。

 意識が段々薄れていく。

 パパさんと次男はタクシーのスピードにイライラしている。

 苦痛が少しずつ和らいで、突然スゥーっと意識が消えていった。


獣医院…。

 獣医「ああ、瞳孔も開いて、心臓も止まっていますね」

 ママさん「やっぱり、駄目ですか」次の句が出ない。

 次男、只々無言。

 パパさん「先生、どうにか手を打てませんか」

 獣医「心臓ショックをやってみますか」

 「お願いします」「何とか助けてください」「頼みます!」

 治療室…。

 助手の女性が診察台の前で、マリオの心臓をマッサージしていた。
 獣医が電極盤らしいものを両手に持って、マリオの心臓の左右に押しつけている。何度か繰り返している。
 
 電圧を上げたのか、微かにマリオの体が揺れる。

 奇跡を祈って待合室から、じーっと見詰める家族。

 (パパさん、ママさん、次男)「生きてくれ」という無言の絶叫も空しく、獣医が診察台から離れた。
 
マリオは診察台に横たわったままだ。

「やっぱり、駄目か」パパさんがとつぶやいた。


 獣医が説明にきた。

 助手の女性が大事そうにマリオを抱いてきて、ママさんに渡した。

 ママさんは無言で頭を下げながら、愛しそうにマリオを受け取った。


まだ、命の温もりがかすかに残っていた。





2009年4月16日



ー育った家ー

 朝から騒々しい。パパさんとママさんは家具の荷造りをしている。


 次男はマンションに残り、そのまま学生生活を延長するから気楽そのものだ。


 ママさんは起きてこない次男に業を煮やして「起きて手伝いなさい、お父さんの会社から手伝いの人も来るのよ」と気合いを掛けている。


 マリオは朝御飯を貰うと「ここに居なさいね」と言われて、ベランダに出された。首輪付きである。ベランダの荷物を取る時、マリオが部屋を通り抜けて玄関から外に出ないための予防措置だ。
 マリオにとっては三度目の引っ越しになる。


 娘の帰宅を確認できないうちに、引っ越しの準備が始まった。娘の嫁入りから一週間過ぎたばかりだ。マリオは戸惑っている。


 9時過ぎに、いかめしい男性陣がやってきた。


 パパさんは「ヤァヤァ、どうも、忙しいのに申し訳ないね」と言っている。ママさんも恐縮している。


 そうこうしている内に、長男の嫁さんがジュニアを連れて手伝いにやってきた。10人近いメンバーで荷物を運びだして、昼前に10トントラックに荷物の積み込みが完了した。


 手伝いにきた男性陣は軽くビールを飲んだ後、昼食の鮨をつまんで帰っていった。


 ママさんが「アッ、そうだ、マリにご飯をあげなくちゃ」といって立ち上がり、首輪をはずして部屋に入れてくれた。


 キッチンで餌を用意して「これをマリちゃんにあげて頂戴」とジュニアに手渡した。


 ジュニアは座っているマリオの前に行って「マリちゃん、食べなさい」と置いて、そのまましゃがみ込んで見ていた。


 マリオは苦手なジュニアであったが、好物の鳥のささみだったのでちょっと口をつけた。


 「マリちゃん、もっと食べなさい」とジュニアは言ってくれたが、あまり食欲がなかった。これがマリオのライバル的存在だったジュニアとの最后の触れ合いになるとは誰も予想していなかった。


 昼過ぎに次男の運転で盛岡に向かった。途中パーキングエリアに二回寄った。普段はハイスピード走行の次男がマリオの体調を考えてのゆっくり走行だった。


 車の中でママさんが、タッパーに入れてきた大好物の鳥のささみを食べさしてくれたが、相変わらず食欲がなかった。


 それでもママさんは、「マリちゃん、食べなさい」と言ったので、二切れ程頑張って食べたら「ああ、良かった、良かった」と喜んでいた。


 高速道路を走り抜けると夕暮れの中に、南部富士と呼ばれている雄大な岩手山が見えてきて、ママさんが「マリちゃん、もうすぐ着くよ」と言った。


 インターチェンジを出ると、すぐママさんの実家である。実家ではなかなか到着しないので、心配したお祖父ちゃんが家の前で待っていた。


 四月の半ばであるが、盛岡はまだ冬の名残りがあって夜になると冷え込む。


 マリオは寝場所を探したが、適当なところがないので取りあえずヒーターの前に寝ることにした。


 こんな寒い日はママさんの蒲団にでも潜り込めば良いのだが、体調が悪くてそんな気にもならなかった。


 翌日、お祖母ちゃんの家から次男に抱かれて自宅に行った。自宅は新築同然にリフォームされていた。


 荷物はトラックから卸されて家の外や中に積まれてあった。マリオは荷物を運び込むうち、地下室で待機した。運び込みが一段落し頃合を見て、二階の部屋で一休みした。


 育った家は全面的に模様替えされて、幼かった頃とは大分違っていたが、ドアがそのままでマリオ専用のくぐり戸が残っていた。


幼かったマリオ 再び二階から降りて、地下室の窓から外を眺めていると幼かった頃の感触が戻ってきた。マリオには安心感が広がった。と同時に虚脱感に襲われた。


 そして、子供達と賑やかだった頃の懐かしい想い出に浸っていた。


2009年4月14日

老境



嫁入りー

 四月に入ったら何やら騒々しい。一人娘の嫁入りでママさんは忙しそうにしている。


 マリオには嫁入りの意味が判らない。娘は時々「マリちゃん、元気でね」と言って涙ぐんでいた。一番頼りにしている娘が居なくなるという現実も理解できない。



 結婚式の前夜。
 娘は、「マリちゃん、お別れだよ」と言って涙をこぼした。


 そして翌日、マリオと次男を残して全員居なくなった。
 次男も翌朝早く、姉の結婚式に出席するため東京に出かけた。


 夜遅くなって家族全員とお客さん二人(パパさんの妹と友人)が帰ってきた。しかし、全員ではなく、大事な人間が一人欠けていた。娘である。


 翌日、お客さんも帰って普通のペースの生活に戻った。しかし、何かがおかしい。いつもなら、長くても二~三日で戻る娘が帰って来ない。


 夕食後、居間のソファの背にライオン座りで玄関を見張る日が続いた。一週間過ぎても娘は帰ってこない。


 以前に似たようなことがあった。家族全員が十日ほど居なくなった時(パパさんの退職記念でヨーロッパ旅行)があった。


その時は、時々家に来ていたママさんの友達であるおばさんから朝と夕方に餌をもらった。


 だだっ広い社宅にひとり(一匹)で留守番は大変だった。ソファで待つのはまどろっこしくて、玄関のマットで外の物音に耳を澄ましながら家族の帰りを待った。


そのまま玄関で寝ることもあった。


 十日目の夕刻、聞き慣れた足音と声が、玄関の外から聞こえた時の嬉しさは表現のしようがなかった。


 玄関の戸がガチャガチャという鍵の音で開いて、娘が顔を出した。


 「マリちゃーん!、マリちゃん、ごめんね、寂しかったでしょう」


 その声を聞いた瞬間、嬉しさをうまく表現できずに、家中を走り回った。思い切り走って喜びが一通り治まったところで、家族全員から声が掛かった。


 ママさん「マリちゃん、いい子だったねー」


 パパさん「マリオ、おいで」


 次男「マリ、どれ、遊んでやるよ」


 十日振りで家族に会えて嬉しくて興奮が冷めない。体中の毛が逆立って、長い尻尾は太く直立していた。
 
今回は、その時とだいぶ様子が違う。


 娘の部屋は空き室同然で、(娘の)物がほとんど失くなった。


 日々に(娘の)匂いが消えていくのである。


 家族も(娘が)居ないのは当然という態度であるが、マリオには飼い主が居なくなったも同然だった。


帰りを待つマリオ 娘が居なくなったわけが理解できないマリオは孤独感がひしひしと強くなるのを感じていた。

             おそいなー!どうしたんだろう?

2009年4月12日



ーエーゲ海の猫ー

 パパさんは、翌年の春に娘が結婚し次男が大学院に進学することを機会に、長年の夢を実現しょうと決心した。

 現在の会社も約束した丸三年になる。JRへの最低の義理は果たしたと考えていた。

 建築と都市計画と環境デザインのオフィスを立ち上げようと考えていた。

 今までのサラリーマン生活に区切りをつけるため、現代の都市と建築の源流であるギリシァに旅行を計画した。

 過去の海外旅行の経験から、ヨーロッパは五月か六月が気候的にもベストシーズンである。パパさんは、五月は旅費が高いので六月に行くことにした。

 ママさんも一緒に行くことになり、ママさんとしては三度目の海外旅行で、カナダ、フランス、イギリス、イタリアについで五ヶ国目である。

 「言葉が通じると外国旅行も良いんだけど、ギリシァじゃネー」と言っているが、浮き浮きした感じは隠せない。

 「マリちゃん、留守番お願いね」と言って出かけた。

 娘も次男も居るから、どうぞ、行ってらっしゃい、の心境だ。

 ギリシァに行く途中パリ経由だった。ママさんは二度目のパリである。

 パパさんは三度目である。アテネにフライトするまで時間があったので、娘に頼まれたブランドのバッグを買いにドゴール空港からタクシーで街に出た。同乗したおばさん達と待ち合わせ場所と時間を約束してショッピングに行った。

 途中にオペラ座がありその前でママさんのワンショットの写真を撮っていたら、親切そうなフランスのおじさんが来て「トギャザ、トギャザ」と変な英語を使ってパパさんとママさんのツーショットを撮ってくれた。ママさんはさすが観光の街パリと感激していた。 その後がいけなかった。「ワンモ、ワンモと言って自分のインスタントカメラで二枚写された。代金が二〇フランだと請求された。

 パパさんは空港で両替した二万円分のフランスフランの中から払った。そのおじさんは「ジャポネ、リッチ、リッチ」と言って通りの向こうに行った。

 パパさんはブランドショップに急ぎ足で向かいながらレートを暗算して「あいつ!」と叫んだ。インスタント写真は日本円にして五千円以上の計算だったからである。

 ママさんはツーショットの写真が気に入っていたので「良いじゃないの、写真を撮って貰ったんだから」とけろっとしていた。

 ブランドショップはシャンゼリゼ通りから横に入った店で前にも行ったことがあって、ジャパニーズイングリッシュでも充分話が通じ、娘と長男の嫁さんの土産にバッグを買った。その後が大変だったらしい。


オペラ座前の写真騒動のため、約束の時間が迫っていて約束の場所まで夫婦で走ったそうだ。

 「シャンゼリゼを日本人の夫婦が走って、フランス人はびっくりしたでしょうね」とママさんが笑っていた。

 無事アテネに着いた翌々日、エーゲ海のスーニオン岬に向かう途中ランチタイムになり、海辺のカェテリアに寄った。

 カェテリアの周辺には観光客目当ての野良猫がいっぱい居た。

 ママさんは「ウワー、ギリシァの猫ちゃんだ」と感激しながら、マリオを思い出していた。

 帰ってから「頭が良いのよ、お父さんが肉をあげて、ジ・エンドと言ったら(ギリシァの猫は)おねだりしないんだから」と報告していた。

 マリオは(当てつけかなー)と思いながらママさんの横で神妙に聞いていた。


                   エーゲ海の猫たち



2009年4月9日

老境

ー就職活動ー


 景気が悪く、大学生の就職は超氷河期と言われている。そんな時期に大学四年になった次男は運が悪かった。


 目指した会社の面接までいったが、合格しなかった。


 次男は諦めが早い。


 パパさんも心配して色々アドバイスするがこれという妙案はない。


 土木系統だったのも災いした。


 バブル崩壊で土木系技術者の最大の受け入れ企業である建設業界は元気がない。



 当然関連の業界も不振である。


 パパさんは「大学院にでも緊急避難するか」とアドバイスした。


 次男は「えー、まだ勉強するのー?」


 次男は大学の教授に話しをして大学院にいくことにしたが、(大学院は勉強したい奴が行く所なのになー)と割切れない思いだった。


 マリオも一緒に複雑な思いをしていた。



              オニイチャン!大丈夫か?


2009年4月8日

老境



ー一念発起ー

 火曜日になると、ママさんが朝からいそいそとしている。パパさんがJRを退職してから習いものをしている。着物教室である。


 一念発起の50の手習いであるが、ママさんは真剣だ。


 1年経って講師の免状と看板をもらった。

 取りあえず人に教える資格らしい。


 ママさんはそれでは満足せずにその上にチャレンジした。


 パパさんも応援して、師範の免状とインターナショナル・ライセンスを獲得した。


 マリオもたいしたもんだと思った。


 ママさんの動機は長男の結婚式の時、ホテルの美容室に親族全員の着付けを頼んだことらしい。


 娘が結婚する時は、自分が着せてやりたいという意欲が、ママさんを一念発起させた。


 お免状を頂いてしばらくたってから、家にママさんの友達三人が集まるようになった。


 ママさんが先生のきもの教室の始まりである。


 毎週木曜日の午後、マリオの行動が制約される。


 着物に毛がつくため、娘の部屋に閉じ込められる。


 お稽古の時間は2時間であるが、その後がいけない。


 おばさん達の大座談会が始まる。延々と夕方6時ぐらいまで続く。


 マリオの我慢の限界にきたあたりで、ようやく教室のお開きとなる。


待ちくたびれたヨ 「マリちゃん、ごめんね」のママさんの一言でほっとする。


2009年4月5日

老年期




ー腎臓病ー

 マンションに引っ越した最初の夏になって、しょっちゅうマリオは水を飲む。おしっこも頻繁になった。喉が乾くというより調子が悪い。

 ママさんが異常に気がついて「マリちゃんどうしたの」と話しかけた。

 マリオもなぜ水を飲みたくなるのかよく判らない。ママさんは娘に相談した。

 「ちょっと、マリオがおかしいわよ」

 「次の土曜日に病院に連れて行こうかな」

 マリオも当年とって十一才である。人間に例えると老年期の入り口にある。飼い猫は人間と同じ生活をしていると、人間と同じような生活習慣病にかかるケースが多い。

 それに猫にとっては生活環境の変化が一番健康によくない。

 盛岡の家が快適だっただけに、仙台でのJRの社宅暮らしから現在のマンション生活と、猫族のマリオにとっては環境変化と生活悪化が激しすぎる。

 土曜日に娘の運転でママさんと獣医院に行った。

 獣医はママさんの説明を聞いて糖尿病か腎臓かどちらかと考えていた。検査の結果、案の定、腎臓の機能がやや低下していた。

 獣医は命にかかわるほどではないが、注意するに越したことはないと猫の腎臓病に良い食餌療法を勧めた。
ママさんは獣医院から、食餌療法用の缶詰をどっさり買った。

 家に帰ると、娘が缶詰を開けて「ウワー、まずそう」と言いながら「はい、マリちゃんお食べ」とマリオの前に置いた。



 マリオは匂いを嗅いだが、ベチャベチャした感じと薬っぽい匂いがしたため口をつけなかった。娘は食べさせるにはどうしたら良いか、作戦を考えた。



 まずい食事を改善するには、大好物の鰹節を掛けるのがマリオには効果がある。



病院の缶詰の餌にたっぷり鰹節をかけた。マリオは大好物の鰹節だけをきれいに食べて、餌には口をつけなかった。



 そんなことを繰り返しているうちに、少しずつであるが体重が減ってきた。



 一ケ月程過ぎて、獣医院に行くと体重が四キロ弱である。往時には六キロあった。獣医は「げきやせですね」と言った。



 獣医院から戻って、ママさんと娘は方針転換した。食事療法を諦めて、マリオが好きな市販の猫用高級食に戻した。


     飛んでゆく鳥を見るしかやることがないんだよ!

2009年4月2日

老境

―社会人大学院ー


 パパさんが論文らしきものを一生懸命書いている。


 娘がそれをワープロで清書するお手伝いをしている。


 どうやら、地元の大学院の社会人募集に応募する気らしい。


 再就職した会社ではルーチンワーク(決まった仕事)があるわけでなく、JRでバリバリやってきたパパさんには日々が物足りない。


JR時代に従事した「プロジェクト・マネジメント」を経営学の論文にまとめるという目的らしい。


 春先に、技術士の経営工学の国家試験に合格し、その上会社の仕事が暇すぎて当面の目標がないのも原因している。


 ママさんも子供達も冗談だろうと思っていたが、パパさんは本気だった。


 面接試験から帰ってきてママさんに話していた。


 「(受験者の中に)俺より年配の人もいたよ」


 四月から、56才の大学院生になった。


 「教授がほとんど年下でやりにくいよ」と言いながら、結構楽しそうだ。


 毎日行くわけでなく、選んだ講座のある時間だけ行けば良いらしくて、閑職同然のパパさんとしては全然負担にならない。


 隔週の土曜日に特別研究の講座もあるが、この日は娘に車で送られていく。


 大学院は学部からの進学組や留学生の若い院生が多く、時々留学生に教授と間違えられるらしい。


 マリオはその時のパパさんの様子を想像して、楽しくなった。


 オヤジ院生のパパさんも慣れてくると、学生気分になるのか、今日はゼミの連中と飲んできたとか教授と国分町でカラオケをしたとか結構楽しそうである。


 「トルコから来た○○ちゃん可愛いぞ」と言ってママさんのひんしゅくを買っている。


 研究室では院生に親分と呼ばれて慕われているらしいが、ママさんには「真面目に勉強しなくちゃ駄目よ」と言われていた。



                   東北大学



2009年3月30日

老境

ーライバル登場ー

 札幌から神戸に転勤していた長男が仙台に転勤してきた。

仙台の家から札幌に転勤した時は独身であったが、今度は嫁さんと神戸で生まれたジュニアと三人で戻ってきた。

 パパさん、ママさんにとっては初孫である。

 パパさん五十五才、ママさん五十四才である。おじいちゃん、おばあちゃんと呼ぶには若干抵抗のある年齢である。

 それでも二人はニコニコしている。目に入れても痛くないとはこのことだろう。

 家庭の主役だったマリオにとってはライバル登場で、マリオのステイタスの危機でもある。

年をとっても、我が家のアイドルを自認しているマリオは家族の愛情を横取りされるような危機感を感じていた。その上何よりも嫌いな赤ちゃんである。

益々、憂鬱になる。

 ジュニアはよちよち歩きであるが、まだはいはいが楽らしくて歩くことは少ない。

 幸いなことに、長男は会社の社宅に住むので嫁さんがジュニア同伴で訪問した時だけのストレスになる。

 それにしても、家に来ると大変である。

ママさんはジュニアを抱っこして「ほら、マリちゃんだよ」とくる。逃げ出したいのをじっと我慢している。

 そのうちジュニアも慣れてきて、「ニャーニャ、ニャーニャ」と近寄ってくる。

 マリオには恐怖の連続である。

 救いは娘がいる時だけである。

 「ねー、マリちゃん、ジュニアなんて」とマリオをかばってくれるが、気持ちは少しずつジュニアに傾いている。

 ジュニア用語。ジィジィ=パパさん、バァバァ=ママさん、ネェネェ=娘、ニィニィ=次男、ニャーニャ=マリオである。

マリオには何のことか判らない。

 ジュニアは来る度に大きくなっている感じで言葉もしっかりしてくる。マリオの呼び方も「ニャーニャ」から「マリちゃん」に変わった。

 マリオは時々ジュニアにジェラシーを感じる時もあったが、餌を運んでくれたり、優しい一面のあるジュニアが少しずつ憎めなくなっていった。

 それに同性という親しみもあったかもしれない。


2009年3月29日

老境

ーマリオの憂鬱ー



 慌ただしく引っ越しをした。今まで住んでいた社宅から距離にして三百メーターくらいなので、ほとんど梱包もしない。次男に大学の友達数人を集めさせて、アルバイトを兼ねた引っ越しで運送屋にも頼まないユニークな引っ越しである。


 トラックをレンタルしたため、結果的には運送屋に頼むより高くついた。パパさんは次男の友達のミニ奨学金だと割り切っている。


 ともかく、新しい出発である。マリオは二度目の転居で、猫にしては移転が激しい方だ。猫は生活環境が変わることが一番こたえるが、家族全員一緒なのでマリオは気にならない。とはいうもののひとつだけ欠点があった。


 今度の家は四階にあって、土がないのが大変である。幼い頃から、庭付きで育って前の社宅も一階だったから首輪をして前庭に放してもらった。今度のマンションではそのようなことは期待できない。

ベランダがあるが、今まで上ったことのない高さである。目の前の竹藪にいろんな鳥が飛んで来ることくらいが、日々の変化になる。


 家の広さも前の社宅より一回り小さい。どうやら引っ越しする度に家が狭くなる。


 パパさんはマンション購入で思わぬ大出費になり苦虫顔だが、ママさんはあこがれのマンション生活でルンルンである。


 住んで一か月ほど過ぎて、マリオは体調不良をかこっていた。

やっぱり土に接しないのは具合が悪い。

盛岡の家でも、JRの社宅でも庭があってマリオの好きな青草があった。マンションにはそれがない。


 長毛の猫は毛並みを揃えると、どうしても毛が口に入る。

それが胃の中で毛玉になる。

そうなると吐き出さなければならないが、青草を食べないと吐き出しにくい。

そのためもあってか、体の調子がよくない。


 一度、開いていた玄関から外に出てみたが無表情な通路があるだけで、どこからか人が突然現れそうで、慌てて家に引き返した。


 ママさんが気づいて、前に住んでいた社宅の庭から青草を取ってきてくれた。マリオは新鮮な青草がこんなに美味いものかと改めて感じた。


 娘もペット屋から猫の好きな草の種を買ってきてくれるが、プランターに植えて食べられるまでには二週間ぐらいかかる。


 このままマンション生活が続くかと思うとマリオは憂鬱だった。


                新聞を眺めるマリオ

2009年3月28日

老境




ー住宅問題ー

 当然だが会社を退職すると社宅には居られない。一般的には退職前に自宅があるのが普通である。ところがパパさんにはその準備がなかった。

 パパさんは退職したら自宅のある盛岡に戻る積もりだったが、系列会社に出向してそのまま転職したため、勤務地の仙台には(住宅を)考えていなかったのである。

 当然、受け入れ要請のあった出向先の会社で考えてくれると思っていたが、その会社は通常のOB社員と同じに考えていたため社宅は準備しなかった。パパさんは激怒した。

 会社の幹部を呼びつけて、「来て欲しいと言いながら、(住宅を)準備していないとは何事だ」と怒った。

 会社は慌てて自社保有のマンションを呈示したが、古い、汚い、狭いの三拍子揃ったもので、家族四人と一匹が住むにはほど遠い代物だった。

 パパさんは街を歩くと不動産屋をせっせとのぞいた。中々適当な場所、適当な家賃の物件が見つからない。たまに適当な物件が見つかってもペットお断りだ。

 家族にも危機感が出てきて、娘はアパマン情報を買ってきて色々物色していた。

 ゴールデンウィークはどこかに旅行でも考えていたが、レクレーションどころではなかった。娘の運転でパパさん、ママさんが不動産屋を回り、賃貸物件を見て歩く。しかし、いずれの物件もマリオの存在が問題だった

 散々なゴールデンウィークでパパさんは怒り心頭に達していた。

 「何でこんなことになるんだ」と思い、真剣に(今の会社を)辞めて盛岡に行こうと考えていた。


パパさんは自分が役職定年まで勤めたJRに社宅にいて(住宅が見つからず)迷惑を掛けていることを気にしていて、やりきれない思いでいた。


 ある朝、ママさんが「お父さん、これはどうかしら」と一枚の新聞のちらしを出した。中古マンションのオープンセールのちらしだった。


 パパさんは仙台には三年居たら盛岡に帰る予定だったので、住宅を買うことは眼中になかったが、マンションは社宅の近くだったので、日曜日の午後、家族全員で見に行った。

 都心にあったが周辺に緑が多く構造的にもしっかりしていて、共用部分の管理もいき届いていて感じの良いマンションだった。ママさんはレンガ調の外観が気に入っていた。

 オープンルームは綺麗に掃除されていて、三LDKの標準的な間取りだった。

 住宅探しに辟易していたパパさんは即刻決心した。

 「買おう」

 ママさんは一瞬びっくりしたが、ホッとしながらもどこをリフォームするか部屋から部屋を見て歩いた。

 そのマンションの管理規約も御他聞にもれず、(ペットお断り)だったが、室内犬の鳴き声が所々でしていて、そのことがパパさんの決断の最大原因であった。

                マンション




2009年3月27日

壮年期

ー退職ー


 国鉄20年、JR10年勤めたパパさんが55才の誕生日を迎えた月末に退職することになった。


 国鉄改革という激動を挟んでの鉄道勤務30年である。


 主に建設畑を歩んで、大きなプロジェクトにタッチしてきた。


 新幹線は東北に始まり、3本のフル新幹線と3本のミニ新幹線の建設に携わった。パパさんが手掛けた駅や駅ビル、ホテルも東北の各地にある。


 終盤、JR本社にいたため東京地区を始め全社のプロジェクトにも従事した。


 正に、地図に残る仕事をしてきた。


 技術者としては恵まれた会社人生だった。順調そのものと言える。

 国鉄・JRを通じて良い上司に恵まれ、高いハードルを乗り越えようと一体になって頑張ってくれたスタッフに支えられながら難関を乗り越えてきた。


 順調でなかったことが一つあるが、それもこれからの人生では滅多に経験できない貴重な体験と言える。国鉄改革だ。


 最近は大企業の倒産やリストラから構造改革と称する政府の特殊法人の民営化論議がかしましいが、昭和60年代前半、第二臨調による行政改革という御旗の元で実行された巨大国有企業の民営化は想像に絶するものがあった。特に国鉄は整理対象の人員、資産、債務処理等々大変な規模であった。


 組織の変更、余剰職員の転職、仲間との離別、創業時の経営的な不安と危機感、これらに遭遇し乗り越えて今の新生鉄道がある。


 10年経過した民営会社として安定してくると、8万人の巨大組織(JR東日本)なだけに意識的な面で官僚的な回帰現象が見られるが、昔の国鉄に戻りようがないとパパさんは考えている。


 長い技術者生活で腹の立つこともあったが今となれば小さなことで満足感が先行する鉄道人生だった。


 マリオも家族と一緒に「パパさん、ご苦労さん」と思っていた。


                 パパさん、本当にご苦労さん!

2009年3月26日

壮年期





ー始めての海外旅行ー


 パパさんは出張も含めて何度か外国を旅行しているが、ママさんは一度も行ったことがない。ママさんは海外より日本の温泉が良いなのタイプで、外国には行きたいと思っていない。国内派だ。




 国内は結構旅行している。九州、北海道、北陸等、京都は三回ぐらい行っている。




 「京都は何度行ってもいいわ」と国内派を自認している。




 JRが夏休みをかけてJALのジャンボをチャーターして、カナダツアーを企画した。パパさんの出向している会社もグループ企業として参加することになった。




 ママさんも一緒に行くという。ママさんは始めての海外旅行で何となく不安である。盛岡のお祖父ちゃんお祖母ちゃんに報告する。




 フライトは仙台空港からなので、こちらは気軽にいける。




 娘と次男に空港まで見送られてカナダはバンクーバーに向かった。




 空港に着いて、ママさんの第一声。




 「外人が多いわね」




 初日は夜のトロント空港に向かうまでの時間、市内観光になった。出発の前に添乗員が「カバンはあそこのコンベアーに乗せて下さい」と言ったので、パパさんはスーツケースとママさんの手回り鞄を乗せた。やたらと身軽な感じになった。




 市場を見たりしてママさんには結構楽しいコースだった。空港に戻ってトロントにフライトした。トロント空港で各人のカバンを取ったが、ママさんの手回り鞄がない。チケットが付いていなかったためバンクーバー空港で積み込まなかったらしい。




 添乗員が空港の係に照会しても出てこなかった。帰りもバンクーバーになるため空港に捜索をお願いして、次なる訪問地、ナイヤガラの滝に向かった。




                   
 ママさんは初日からパニックである。外国で身の回りの品物が無くなって心細かった。


 翌日、滝見物もそこそこに、ナイヤガラフォールズの街外れのスーパーまでショッピングに行った。歯ブラシ、櫛、化粧品などの日用品の効能をパパさんに翻訳させながらの買い物である。



 帰りのバンクーバー空港で奇跡的に携帯鞄が見つかった。



 日本からカナダへ飛んだだけの鞄だ。



 それでもママさんは「良くあったわねー」と感激していた。



 ママさんの海外旅行はトラブル続きである。



 パパさんの退職記念に家族でヨーロッパ旅行した時は、ユーロトンネルが火災事故で不通になり、急遽フランスのカレー海岸からドーバー海峡を巨大なホバークラフトに乗り、イギリスまで横断したらしい。



 その後ギリシァに行った時はエールフランスのストライキに遭って、急遽ロンドン経由の英国航空で帰国した。


                 エーゲ海の猫


 ママさんは「海外旅行はもういいわ」と言っているが、マリオは信じていない。









2009年3月25日

壮年期



ー出向ー

 パパさんの年来の夢は、独立だった。高校を卒業して国家公務員になりながら、その後二年も職業を転々として、独立の可能性がある建築を勉強したいという気持ちは捨て切れなかったらしい。


 国鉄に入社してからも、その夢の転機は二度あった。


 一度目は国家ライセンスの一級建築士を取った時だ。憧れの国鉄に入社して、三年目である。大卒のノンキャリアで入社したパパさんは、官僚的な人事システムに失望していた。その時はパパさんのママさんのお祖母ちゃんが病気になったため、あきらめた。


 二度目は国鉄が民営化される一年前のことである。民営化の説明をしながら虚しさを感じていたパパさんは、部下達の雇用に対する不安を痛切に受け止めていた。


 部下の一人はパパさんが「会社を作って皆を受け入れればいい」とまで言った。当時の昭和六〇年前後は不況期で新事業どころではなかったが、真剣に悩んだらしい。


 色々なことがあって、JRに落ちついたのである。惨々たる経営内容の国鉄から転じた民営鉄道会社が好転するとは予想もしなかったが、トップから現場までを巻き込んだ意識改革を重ねた経営努力の結果、初年度で数百億の利益が出た。驚異であった。


 その後JRで、仙台に六年、東京の本社に三年と勤務したパパさんは五四才になった。後一年弱を残し、後進に道を譲る名目で若年退職もしくは出向の選択に迫られた。


 パパさんは長年の夢であったデザイン事務所開設のチャンスと思ったが、周囲の状況が許さなかったらしい。


 パパさんは、相当頑固な一面があって、自分の意思を通すということでは人後に落ちないところがあるが、使命感みたいなものに弱かった。


 本社のミドルを勤めた立場で、自分の希望を通せなかった。退職後を含めて、グループ企業でしかるべき年数を勤めるという暗黙の人事慣行があり、パパさんの希望は先例のないことだった。国鉄改革から十年目を迎え、JRも経営安定期に入りつつある時期に、波紋を起こす道を避けて、出向の道を選んだ。


 そして、推薦されたグループ会社はパパさんが最も敬遠していたゼネコン(建設会社)であった。


 ゼネコンは国鉄・JRを通じて建設の職場にいた関係でおつきあいも多く、ある意味では仕事のパートナーであったが、一般の会社に比べゼネコンという企業の経営体質に常に疑問を持っていた。


 技術的には世界をリードするレベルにあるにも関わらず、コストを始めとする不透明さは何とも不可解であった。


 本来は男の職場なのであるが、陰にこもったゼネコンの経営スタイルがパパさんの遺棄する最大の理由だった。

               パパさん、大丈夫ですか!

2009年3月22日





 幼い頃からであるが、マリオは食事の場所が気にいらない。

 キッチンの流し台の横が食事場所と決まっている。家族の中ではただ一人、マリオを別格と考えているママさんの方針である。

 ママさんは来客の時、マリオが一緒にいるとお客様によっては猫嫌いの人もいるだろうし、(マリオの)躾がなってないと思われるのが嫌らしい。

 普段、マリオの食事時は空腹状態が定位なので、食べることを優先しているが、空腹感に余裕がある時は食事場所の不満を訴える。

 食器を前にして床に敷いてある新聞を爪でガリガリと引っ掻く。それでも通じない時は水を入れた大きな食器を手前に引き寄せる。

 ママさんは「あっ、ソォー、お腹がすいていないの、いいよ、後で食べなさい」と言って取りつく暇がない。

 家族の食事時間になって、誰よりも早く食卓のそばに行儀良く座って待機していると、「あなたのは向こうにあるでしょう」とくる。全然マリオの気持ちがわかっていない。

食事を待つマリオ マリオは孤独が嫌いである。家族と一緒に楽しく食事がしたい。猫は勝手気ままで、孤独好きというのは人間の誤解だ。

 娘がいると機転をきかして、マリオの食器を自分の横に持ってきてくれて、「サァ、マリちゃん、お食べ」と言ってくれる。

 ママさんが注意しても無視してくれる。娘は「今日だけだよ」と言って無視する。

 マリオは家族と一緒に食事できることが嬉しくて、突然食欲が沸いてくる。







2009年3月21日

猫に小判

ー猫に小判ー

 パパさんの趣味はあまりパッとしたものがない。国鉄に入社して最初の職場の歓迎会で、趣味はと聞かれて悩んだ揚げ句、「酒と喧嘩かなー」といって度肝を抜いたらしい。

 高校の時、ラグビー部に入ったが進学のためと称してクラブ活動は熱中しなかった。

 読書は大好きであるが、それ以外これといって自慢できるレベルのものはない。やれることは何でもやるが深く追及しない。特に勝負がかったのは駄目だ。
 向上心がないと言えばそれまでであるが、夢中にならない。囲碁・将棋、俳句・短歌、写真・絵画、日曜大工等と一見幅広いが、いずれもたしなみの範囲を超えることはない。

 そんなパパさんがゴルフをやる。非常に意外であるが、パパさんがゴルフをやる理由は二つある。
 
ひとつはつき合いである。
もうひとつが振るっている。ハーフタイムに飲むビールが天下一の美味だという理由で、朝早くから出かける。

 ちなみにパパさんのゴルフの腕前は二十年前に始めた時と同じスコアーなそうだ。道具は三回ほど買い換えているが、腕は変らない。

 パパさんは「ゴルフは自己嫌悪のスポーツ」だといっているが、自己嫌悪に陥らない程度まで努力すれば良いと思うけれども、その気はとんとない。

 ゴルフから帰ってきても、道具の手入れはしない。出かける前日に、球の数を確認するぐらいだ。
 ゴルフバッグのポケットから白い球を出して布巾で一個一個ふく。
 マリオも手伝いたくなる。手でヒョイとするとコロコロっと転がる。次々とヒョイをする。パパさんは「おい、おい」と言うが、かまいはしない。
 部屋中に球が転がって面白い。散々遊んで、飽きたところでお昼寝タイムになる。

 「しょうがないな」と言って球を集めながら、マリオの真似をしてヒョイと球を転がしている。ひょっとしてパターの感じのヒントを掴んでいるのかもしれない。

 そんなパパさんが、所属部署のゴルフ大会で優勝した。二十数年来のゴルフキャリアで生まれて初めての快挙?である。

 ママさんは(そんなことがあるわけないと思っているから)全然信用していない。

 「賞品は何なの?」

 「ブロンズの像だよ」

 「なぁーんだ、つまんない」

 家庭用品を期待しているので、ママさんにとってブロンズ像は猫に小判である。

 パパさんも何故優勝したかわからない。

 強いて原因をあげれば、上野駅から始発の特急電車の中で部下にご馳走された銘酒が効いたかなと思っている。

 他の部署の社員が「○○部はゴマすりゴルフをしている」と酷評したらしいが、パパさんは生涯に一度だけの栄光に酔いしれていた。

                    優勝のブロンズ像


2009年3月11日




ー制服の怖さー



 パパさんが本社に転勤して三年目の春、東京でどえらい事件が発生した。



 宗教団体(オーム真理教)の暴走による地下鉄の車内へのサリンを散布した事件だ。死傷者が大勢出た。想像もしない事件だった。



 その事件の余波で、各交通機関は自衛措置としてガードマンや社員による警備をはじめた。


パパさんのいるJRも実施した。最初は現場機関で実施していたが、本社部門も応援することになった。
 パパさんは警備割当ての担当者に「俺達クラスが暇なんだから、(警備当番を)割り当てろ」と言ったが無視された。しばらくして、パパさん達も警備の応援に行くことになった。



警備をした場所は東京駅である。一日のお客様が百万人を超える大ターミナルである。接客現場のため当然のこととして制服・制帽を着用する。



普段のスーツと違って制服を着ると気が引き締まるらしい。警備の腕章をつけて駅構内を巡回する。



 普段はスーツを着て、お客様のような振りで通り過ぎている駅が違うものに感じた。職業意識を意識させる制服の威力である。



 駅を利用するお客様もサリン警備で駅員が巡回していると思っているから、色々な質問を受ける。特に、外人の質問は大変だ。



 待合室を調べていると、人の良さそうなおばさんが近寄ってきて、声を落としながら「チョットチョット、あそこに居る男の人が怪しいのよ」と親切に教えてくれるが、パパさんも困ってしまう。まさか単刀直入に「あなたは怪しい」などとお客様に言える訳がない。しばらく遠くから様子を見ていると、親切なおばさんは安心したのか姿を消す。



 駅にいる何万人のお客様を怪しいと思ったら、際限がない。



 「女性のトイレに堂々と入ったのは初めてだよ」と言っていたが、駅内をくまなく巡回する。女性トイレの見回りは女性のお客様に怪訝な顔をされるらしいが「巡回警備です」というと納得して貰えるらしい。それだけサリン事件は脅威だった。



 その日(厳密には夜)警備場所を移動すると、コンコースの真ん中に液体が漏れて破れたビニール袋があった。



 お客様は迂回しながら通り過ぎている。パパさんと相棒はその袋を見てドキッとした。テレビに何度も映しだされた袋に似ている。



逃げる訳にはいかない。



次々と切れ目なく通るお客様をう回通行させながら、恐る恐る近寄ってみる。異臭はないし、水のようである。持参した棒でちょっと引っ張って見る。毒物ではなさそうだと、意を決してビニール袋を拾い上げる。



 安心はしたもののしばらく恐怖は去らない。



 その時、パパさんはサリン事件で殉職した地下鉄の助役さんのことを考えていた。制服を着てお客様に接していると、我が身をかえりみずに(お客様のために)行動する心理が良く理解できる。



職業意識とは言え、制服の怖さである。



 その点、猫族は何があっても危険を予感すると決して近寄らない。君子(猫)危うきに近寄らずである。人間に生まれなくて良かったとマリオは思った。


                     サリン事件地下鉄現場


2009年3月10日

壮年期



ー何じゃこれはー

 マリオの好物はいろいろあるが、海産物系で大好物が蟹とエビである。

 娘も心得て缶詰のペットフードでエビいりを買ってくる。高いらしくて10個のうち1個か2個ぐらいしか買ってこない。マリオが食欲のない時の切り札だ。ペットフードの缶詰で蟹入りはない。蟹は猫の健康に良くないらしい。それでもマリオは大好きだ。

 時々、パパさんの札幌に住んでいる友達から蟹が届く。

1年に1回、パパさんやママさんの実家からも蟹が送られてくる。

その時はマリオもご相伴できる。

 娘は「マリちゃん、あまり食べちゃ駄目よ」と注意するがマリオは馬(猫)耳東風である。


 たまに活きたままの蟹が届くこともある。
 ママさんは「マリちゃん、活きてるよ」と言って見せてくれるが、形が悪くて触る気にもならない。


これがあの美味い蟹であるとは想像もできない。
蟹はふっくらとして小さい桜色のバナナのような形が最高なのだ。


 エビは家庭料理でちょくちょく出てくる。
 ママさんはマリオ用に茹でただけのエビを三匹ぐらい特別に作ってくれる。この方が缶詰よりずっとずっと美味である。


 たまに、パパさんの四国の友達から車エビが送られてくる。おがくずの中に入っていて、全部生きている。

 ママさんと娘がキャッキャッしながら、箱から取り出す。マリオも何をしているんだろうとばかり、2人の足元で見ていると、娘が「マリちゃん、面白いよ」と言いながら、2匹つまんでマリオの目の前に置く。全然動かない。


 黒茶色の半分丸まったような形をしている。見ると輪の内側の列をなした小さな虫のようなもの(足)が微かに動いている。さらに、輪の太い先端にあるマリオのヒゲのようなものがゆらゆら動く。

マリオは気持ちが悪かったが、折角娘が置いてくれたのでちょっとだけ手を掛けてみた。
その途端、車エビは30センチぐらい飛び上がった。

マリオも瞬間的に1メーターくらい後ろに飛び跳ねた。腰が抜けるほどびっくりした。

 ママさんと娘はげらげら笑っている。

マリオはいつも美味にしているエビとは知らず、「何じゃ、これは」とばかり尻尾を太くして遠くから眺めていた。

 その日の夜マリオは、ママさんが茹でてくれた「何じゃこれは」を美味しそうに食べていた。






2009年3月9日

壮年期

―またたびー



盛岡時代からマリオが元気が無いと、ママさんがまたたびを預けてくれる。

マリオはまたたびが大好きだ。


最初の出会いは、小さい頃下痢が止まらなくて衰弱気味になった時、ママさんが手に入れてきたが、そのときは体調が悪くて見向きもしなかった。


下痢が治って数日経った頃、再びママさんが「マリちゃん、これ、どう?」と預けてくれた。


体調が完全に回復したマリオはまたたびの匂いに無我夢中になった。

かじって見たり、なめたり、寝そべってじゃれたり一時間ぐらい遊ぶ。


遊んだ後、気持ちがフォアンとする。どうも病みつきになりそうだ。

しばらくホンワカした気分が続く。

よくわからないが、体調も良くなったような気がしてならない。

パパさんが毎晩飲んでくるお酒と似たような雰囲気だが、マリオは猫の妙薬として時々ママさんにおねだりしている。




               ちょっと、酔っ払ったかな?

2009年3月8日



 パパさんの実家は岩手県の沿岸地方である。

 昔、陸奥の国と言われた時代に海産取引が盛んだった地方で、今でも黒潮と親潮のぶつかり合う魚群の豊富な三陸海岸の中心地だ。

 港町の宮古でパパさんは多感な高校生まで過ごした。

 古い時代から関西との交易が続き、方言や訛りも京都風な特徴がある。ひょっとして、宮古という地名も京の都をもじって付けられたのかも知れない。

 当然、パパさんのママさん、すなわちお祖母ちゃんは宮古に住んでいる。盛岡時代は時々泊まりに来たが、一週間ぐらい居るとそわそわして帰りたくなるらしい。

 娘が「お祖母ちゃんの部屋もあるのに」と言っても住み慣れたところが落ち着くのかもしれない。

 マリオも頼りになるパパさんのお祖母ちゃんだから親しくしてやりたいと思うけれども一緒に生活していないので気持ちと裏腹にどうしてもよそよそしくなる。

 お祖母ちゃんも動物好きでマリオがお気に入りなのだが、肝心のマリオが打ち解けられない。「マリちゃん、マリちゃん」と声をかけても、知らん振りである。

 そのお祖母ちゃんは仙台に引っ越してから孫である長男の結婚式で一度来ただけで、その後は来ていない。

 あるとき、パパさんの本家(お父さんの実家)から電話があって墓所を改装するという。

 そこにはパパさんが小さい頃亡くなったお父さんのお墓もあって、この際だからと独立した墓を建立することになった。

 宮古の菩提寺は華厳院と称して、史実によると東北の藤原三代の時代に源為朝のご落胤である息子の武将が父のため建立したという由緒ある名刹であったが、お祖母ちゃんとも相談して自宅のある盛岡のお寺に墓所を建てた。

 墓所選択にはママさんの「宮古に建てるとお祖母ちゃんや私達が亡くなったら誰も(子供達が)お参りに行かなくなるわ」という意見もあって、盛岡に決定した。

 パパさんは自分でデザインして洋風のお墓を建てた。

 墓の建立供養の時、和尚さんはお経をあげる準備をしながら「こんなお墓は始めてだなー」と言って感心していた。

 パパさんは一般的なジャパニーズスタイルの墓碑も悪くはないと考えていたが、寺の境内の墓所を見ているうちに考えが変わったらしい。

 同じ形の墓石が並んで個性が感じられない。

 墓とはいえ、死者の家である。墓にもデザイン的な主張があって、存在感が欲しいと考えた。そのため標準の和風の墓碑よりお金もかかったらしい。

 これから増えるかもしれない孫達が、英語に親しむようにと墓碑の中段に英文を刻んだ。

”BY THE FAMILY
   FOR THE FAMILY
     OF THE FAMILY“

 ママさんは「(孫達が)ハイカラなオジィちゃんだったと思うだろうな」とつぶやいていた。子供達の反応もまぁまぁで、とくに苦情はなかった。

 次男だけが「リンカーン(アメリカの大統領)の真似をしたな」と言っていた。

 その日は法事に出席した親戚全員を近くの温泉旅館に連れて行って、墓の建立とお祖父ちゃんの五〇回忌法要の慰労会をした。

 その頃、マリオは仙台の家でひとりぼっちで留守番をしていた。
            みんなどこへ行ったんだろう?

2009年3月7日

壮年期




 正月の松の内があけて、お屠蘇気分も薄れつつあるときに未曾有の大地震が発生した。火曜の早朝である。

 マリオは地震の起こる直前に、地面が低く唸るような微かな振動を感じて起きていた。家族は皆寝静まっていて不安で堪らなかった。 パパさんは月曜に仙台に出張で翌日の朝一番の新幹線で単身赴任先の東京に行くことになっていた。

 早いパパさんの朝食準備のため、ママさんが起きたのマリオはホッとした。

 珍しくママさんに朝の挨拶をした。

 「ニャーお」

 「あら、マリちゃんどうしたの、もう起きていたの」と声を掛けられた。

 普段は子供達と、びり争いで起きるマリオだったからママさんは意外だった。

 ママさんは朝起きると最初に居間のテレビのスイッチを入れる。スイッチを押してキッチンに向かおうとしたママさんの耳にアナウンサーの絶叫調の声が飛び込んだ。

 テレビの画面で顔が引きつったようにアナウンサーが絶叫している。

 ママさんはすぐパパさんを起こした

 前夜遅く帰宅してまだ眠いパパさんは「何だよ」と言いながら起きてきたが、テレビを見るなり顔色が変わった。

 呆然としてしばらく画面を見ていたが、パジャマを脱いで着替えだした。いつもはパジャマのままで朝食をとるパパさんだ。

 「おい、早くしろよ」と言いながら電気剃刀でひげを剃っている。

 パパさんを駅まで送る役目の娘も起きてきた。

 玄関でオーバーを着ながら、「来週は帰れないかもしれないな」と言って出かけた。

 ママさんも心配げに「気をつけてね」と言って送り出した。マリオも珍しくママさんと一緒に玄関までパパさんを見送りに行った。 東京に行ったパパさんは二、三日テレビ漬けだったらしい。凄まじい被災画面が次々と放映された。神戸という大都市が壊滅したような大災害だった。初期の報道では死亡者数が二千人弱だったが、時間が経つにつれどんどん増えている。

 パパさんは胸が痛くなるぐらい心配していた。関西には国鉄時代の友人が多くいて情報がとれずにイライラしていた。幸いにJRの情報網では、社員の死亡のニュースがないことが唯一の慰めだった。

 震災発生から五日目に、いてもたってもいられなかったパパさんは決断した。取りあえず現地の状況を調査しようと思い立った。土木技術陣はすでに第一陣が出発していた。

 構造設計のベテラン技術者と若手社員の三名で出かけた。

 出かける前夜の日曜日、東京駅近くのホテルに泊まり大阪までは朝一番の新幹線で行き、大阪からバスを乗り継いで神戸まで行った。

 震災の凄まじさはテレビの画面以上だった。パパさんは焼け焦げた被災現場を見て鳥肌が立った。折悪しく雪がちらついて被災地全体に追い討ちをかける寒さになった。
 鉄道施設の被災状況を中心に神戸の街を端から端まで歩いた。テレビで予備知識があったとは言え、技術者として打ちのめされるような状態だった。
 高速道路のドミノ状の倒壊に代表されるように構造物の被害は凄かったが、よく観察すると理論的に合っても無理な設計をしたものと施工不良だったものが被害を大きくしていた。自然の力を甘く見てはいけない。壊滅的だった芦屋の古い高級住宅は、開放的な間取りに加え、瓦葺きの屋根には十センチ以上の粘土が乗せて頭が重くなる工法が災いした。

 甘い技術に対する憤りを感じながら街を歩いていると、新開地の街角で喫茶店が営業していた。砂漠でオアシスに巡り合ったような感動だった。

 熱いコーヒーをすすりながら、ミニ調査団の三人の技術者は寡黙だった。

 炊き出しボランティアが所々にあって、被災者が大勢並んでいた。パパさん達も間違われて「どうぞ」と声をかけられたらしい。

 そんな被災した人達の中に犬もいて、パパさんはホッとしていた。公園はテントが無数にあって犬もつながれていて悲しそうな風情だった。人間の被災は同情してもし過ぎることはないが、ペットも被害者である。

 パパさんはマリオを飼っていることもあって、猫が見当たらないことを気にしていた。猫は家につくと言われているが、飼い主がいない倒壊した家のあたりで途方に暮れている猫を想像しながら、マリオを思い出していた。

 バスを乗りついて大阪に戻ったのは九時過ぎだった。神戸中を歩いてお腹がペコペコだったパパさん達は梅田の高架下の居酒屋で一杯飲んで暖を取った。十一時過ぎに京都の宿に向かった。大阪市内は震災の関係者で満室状態のため宿を取れなかった。

 その夜、京都は黒い空から雪がしんしんと降って、寂寞とした底冷えがした。

 地震発生から十日目に、JR西日本へ技術支援をすることになりパパさんが団長で震災のお見舞いがてら大阪に行った。相談の結果、三名の構造技術者を派遣することになったが、明石市にある被害の少なかった社宅に滞在しながら自炊をしながら列車で通うという状態で、パパさんが心配しながらの支援が約三ケ月続いた。パパさんが所属するJR東日本の社長は(支援に行く技術者は)「一番良いホテルに泊めてやれ」と言ったが、神戸市内とその周辺でホテルらしいホテルは一つも営業していなかった。
 
 

 災害とペットの関係はどうしても人命優先になるため、ペットは後回しになる。

 世の中が平和な時は、矢が刺さった鴨とか穴にはまった犬とか、凧糸がからんだ烏とかを必死に救出して人の心をほのぼのとさせる。しかし、災害になると人間優先は致し方ないところで、飼い主としても断腸の思いだ。

 犬と猫二頭飼っている知人宅の会話を聞いて、パパさんは感心していた。

 知人の娘「もし、地震があったらお母ちゃんは、マメ(中型犬であるが、子犬の頃「豆太郎」と命名された)の首輪を外してやってね、猫達はひとりで逃げられるからいいけど」

 知人のママさん「そうだね、マメは繋いだままでは下敷きになるからね」

 普段から、災害時にペットをどうするかを考えて飼うことは飼い主の基本的な責任であるが、得てしてなおざりになりがちになる。災害国日本のペット飼育の心得として必要なことかもしれない。

 その点マリオは恵まれている。クラクラと弱く揺れる震度二程度の地震でも、娘は「マリちゃん、マリちゃん」と言ってすぐ抱き上げる。

 マリオは家族より機敏に動けるから抱かれるとかえって危ないと考えているが、娘は自分より弱いものだと決めつけている。
 
 神戸の大地震の後日談であるが、パパさんが先年にドイツに出張して講演した「交通デザインフォーラム」をその年日本で開催する計画があった。 
 

 パパさんと一緒に出張した車両担当の部長が窓口になって「ワトフォード会議」の事務局と相談していたが、ジャパンの震災ニュースを見た英国の担当者から日本開催の見送りの連絡が入った。


 車両部長は「日本がつぶれたとでも思ったのかナァー」と言ったが、世界レベルのイベント開催を見送らせるだけの凄まじい震災の映像が世界中を駆け巡ったのだろうと、パパさんは考えていた。




2009年3月6日

壮年期

                 車は苦手なんだよ
ーTHE VOLVOー

最初に買ったサニーが二回目の車検を受けなければならない。娘は車検を受ける気はサラサラない。
 パパさんは「まだ乗れる」と頑張っている。

 娘はパパさんに憧れの新車を買って貰いたくて「あの手この手」で説得した。

 口説き文句は、「お父さんが国分町(仙台・東北一の飲食店街)で飲んだら何時でも迎えに行ってあげるよ」と言った。

 パパさんは「その手には乗らないよ、タクシーで充分、銀座なら話は別だがな」と素っ気ない。

 娘の決め手の台詞は、「マリオが盛岡に行く時、車酔いするのは(車が)小さいからよ」

 これにはパパさんもちょっと心が動いたらしいが、それでも「新幹線で行けば大丈夫だ」 娘は説得をあきらめて、自力で買うことにした。なけなしの貯金をはたいて、頭金にする計画でディラー(自動車販売店)のセールスマンと相談していた。

 単身赴任列車で東京から帰仙したパパさんが、寄り道をして飲んで帰ると、ママさんが起きていてテーブルの片隅に車のパンフレットがあった。

 「(娘が)買おうとしている車はこれか」と言って、しばらく眺めていたが、そのうち「寝よう、寝よう」と言って蒲団に潜り込んですぐ寝てしまった。

 翌朝は土曜日、パパさんも娘も休日である。

 朝食を済ませた後、「おい、車を見に行くか」とパパさんが言った。

 娘は何を今更、と思いながら「なんで?」と聞いた。

 「マー、いいから」と言って、ママさんと三人で出かけた。

 行った先は外車の販売代理店だった。娘は「ボルボじゃない!」とびっくり。ママさんは呆気に取られていた。お店のセールスマンの下にも置かない説明を受けながら、娘はパパさんの真意を計りかねていた。

 パパさん「これでいいんじゃないか」

 娘「エーッ!」

 ボルボの最新型で、その年Gマーク(グッドデザイン)の最優秀賞を受賞した車だった。パパさん「これをお願いしますよ、支払いはどうすればいいのかな」

 ママさんも只々、唖然としていた。

 帰りの喫茶店で、娘は「お父さん、本当にいいの」と聞いた。

 パパさんは「だって、お前は(車が狭くて)マリオがかわいそうだと言ったろう」と答えた。

 「ふーん」と言った娘は、マリオに感謝していた。

 これには訳があって、当時JR東日本はグループ企業の支援と全体の収入アップを目指して「バイ・ジェーアール」運動(JR社員はJRグループの店から買おうというキャンペーン)を展開していた。本社勤務のパパさんは、何らかの形で協力しなければと考えていた矢先に、車の買い替え問題が持ち上がった。グループ企業で新規の事業としてボルボのディラーをやっていて「どうせ(車を)買うならボルボ」と決めていたらしい。

 グッドデザイン賞も関係あった。ボルボのGマーク受賞と同時に、パパさんの手掛けた駅がグッドデザインの施設第一号に認定され表彰式に出席した時、ボルボの関係者と懇談したことも購入動機の大きな理由でもあった。

 言うまでもなく、マリオの存在が影響していたことも大きな理由だったかもしれない。

 ちなみに、パパさんは運転免許がない。

2009年3月3日

                パパさん、大丈夫かな?



 パパさんが又海外出張だという。家に帰っても、横文字がプリントされたペーパーを片手に何やらぶつぶつ読んでいる。

 出張先はフランス、ドイツ、イタリアの三か国なそうだが、主な目的はドイツのシュツットガルト市で開催されるワトフォード会議主催の交通デザインフォーラムで講演することらしい。

 鉄道車両と鉄道施設(主に駅)と運行システム等のデザインを競うフォーラムで、パパさんの講演は「山形新幹線システムと駅のデザイン」と題して二〇分のイングリッシュレクチャーをする。

 若手社員二人と成田から出発した。最初の訪問先はJRのパリ事務所である。パパさんの知り合いがいて、その夜はパリ事務所の社員全員とシャンゼリゼの裏通りにある日本料理屋で交歓会になった。積もる話しに深夜一時過ぎまで飲んでしまった。

 その後、夜のライトアップを見に行こうということになり、パリ市内を深夜のドライブに出かけた。

 凱旋門からシャンゼリゼ通り、コンコルド広場、エッフェル塔等一時間ほどのドライブコースをパパさんの知り合いが、酩酊運転で案内してくれた。パパさんは後で同行した二人に「びっくりしたよナー、日本じゃ一発だぞ(お巡りさんに捕まる)」と言った。

 ドイツのシュツットガルトのデザインセンターで講演会が無事開かれたが、前日パパさんは大変だったらしい。公式行事なので自宅から紺のスーツを持参したが、ハンガーに吊るして置こうと取り出したら白い毛が一面についていた。スーツケースに入れる時、ママさんがガムテープで取ったのだが、一緒に入れたセーターから伝染したものだ。

 一時間ほど指で毛を取ったが、本当に大変だったらしい。

 翌日、フォーラムで何とか講演を終えた後、レセプションパーティがメルスデスベンツの本社ショールームで行われた。ベンツの展示室を一回り見学した後にメインホールに世界各国からの参加者が一同に会した。

 ここがパパさんの最大目的の場所であった。JRで山形新幹線の駅舎群を同じワトフォード会議のブルネル賞(交通関係で世界レベルのデザイン賞)に応募していた。パーティにはその審査員も参加するという情報だったからアピールするには、絶好の機会と考えた。

 しかし、よくよく話を聞くとブルネル賞はアメリカで審査されていたらしくて、パパさんは目の前が暗くなった。忙しいのに何のために来たんだ、と後悔したが後の祭りだった。

 気を取り直して、日本の自動車メーカーの駐在員やドイツ人の新聞記者と片言英語で懇談した。話は半分も判らなかったが、会話はお酒も手伝ってくれた。

 後でパパさんの講演した駅がフランクフルトの新聞社の新聞に掲載された。

 帰国したパパさんは日本の国際的な後進性を嘆いていた。なぜなら、このフォーラムでは十二人の講演者がいて、その内四人が日本人だった。


 会場には同時通訳が英・独・仏・利の四カ国準備されていたが、日本語の通訳はなかった。
 「日本語(同時通訳)があれば、俺の流暢な東北ジャパニーズで堂々と講演できたのに」と言っていた。

 もっとも、日本からフォーラムでの講演者は、海外経験の豊富な日本でトップクラスのデザイナー二人と海外勤務の経験のあるJRの車両担当の部長と施設担当のパパさんの四人だったから、日本語の同時通訳が必要なのはパパさん一人だけだった。

 猫語は万国共通であるから、マリオは「人間って不便だな」と考えていた。


2009年2月11日

壮年期

ー結婚ー

 日曜日、札幌で働いている長男が女性を連れてくるという。

 パパさんは朝からそわそわしている。ママさんは落ち着いたものである。

 「マリちゃんはここに居てね」と次男の部屋に閉じ込められる。

 正午前にやって来た。ママさんが玄関に出て「どうぞ、どうぞ」と言っている。

 女性は長男の後から「お邪魔します」と言って居間に入ってきた。長男も緊張気味である。

 パパさんは女性の両親のことや、兄弟のことを聞いた。

 女性は「一人っ子です」と答えた。
 パパさんは「そりゃ、大変だ」と言った。

 何が大変か良く判らないが、色々話をして女性は帰っていった。

 パパさんが後で長男に聞いた。
 「どこで結婚式をするんだ」

 長男は「うーん」とうなって答えない。パパさんは長男の働いている札幌だと大変だと考えていた。相手の女性は東京だと言う。

 状況を分析すると南は名古屋から、北は札幌の範囲が出席者の分布になる。新潟、岩手もある。

 パパさんが気にしているのは岩手にいるお祖父ちゃん、お祖母ちゃんだ。特にパパさんのお祖母ちゃんは病気勝ちなので、遠出は無理だと思っていた。初孫の結婚である。全員に出席して欲しい。

 パパさんの決断。「よし、(結婚式は)仙台でやれ」

 長男は納得して札幌に帰っていった。

 式場はパパさんがJRになって最初に手掛けた、仙台駅前のJR系列のホテルに決めた。

 結婚式前日、家はパパさん一族、ママさん一族でいっぱいになった。

 当日も朝からてんやわんやだ。マリオは何が何だか判らない。家の中をうろうろしていた。

 結婚式は大盛会で、パパさんもママさんもご機嫌で帰ってきた。

 娘が「お兄ちゃんのために」と演奏したお琴がご招待したお客様に大評判だったらしい。

 マリオも娘を見直していた。
                お兄ちゃん、おめでとう!

2009年2月2日

壮年期

ー単身赴任列車ー

本社に転勤して、半年過ぎた。パパさんも懸案に目途がついて普段のペースに戻ってきた。東北からの単身赴任社員も少なからず居て、本社勤務者で「みちのく会」という同好会を作り、パパさんが会長におさまった。さらに、パパさんは有楽町に「みちのく」という酒場を見つけて定例のノミニケーション会場にした


 本社は東京地区の機関出身者が多く、東北出身者は少数勢力で何となく心細い。そんなことを解消したり、悩み事相談を兼ねて結成したらしい。


 金曜日の夜、上野発の臨時新幹線、これが東北方面の単身赴任族の帰宅専用列車である。会社の勤務時間終了後の帰省には便利な時間設定の列車だが、あまりお客様にPRが行き届いていないため自由に座席構成できるのが魅力だった。


 誰ともなく幹事役が出て同乗者一同から千円ずつ集めて、売店からビールやつまみを買ってくる。


 時々パパさんは残ったつまみの裂きイカをポケットに入れて、マリオのお土産に持ってきてくれる。



 列車が走りだして数分。パパさんの「ヤー、一週間ご苦労さん」の掛け声で帰省列車の車内パーティを開始する。



 一週間の出来事や社内の情報交換をしながら、単身赴任列車は夜のみちのく路を家族の待つ仙台を目指して二七〇キロでひた走る。


 仙台に着いて寄り道するかどうかは、下車してから相談しているらしい。


                あまり無茶しないでよ!




2009年1月28日

壮年期

ー本社転勤ー

 パパさんが本社に転勤になるらしい。仙台には六年いてトップである上司も三人目だったから潮時だったかもしれない。

 ちょうど、次男が高校三年で大学受験を控えていたこともあり、引っ越しは面倒だから単身赴任だとパパさんは言った。

 「最后のお勤めだな」と言って本社に転勤した。

 バブルがはじけつつある時期で、当時のJR本社にはバブル時代に策定された案件がどっさりあったらしい。その中に国鉄改革の総仕上げのシンボル的なプロジェクトとして本社ビルの移転計画があった。

 そのプロジェクトはJR発足直後から計画が継続されていて、パパさんが乗り込んだ時期は方向づけが出来ていた。残された問題は1,000億円近い高額な建設費だった。

 パパさんはそのプロジェクトの全容に一通り目を通して心の中で叫んだ。
「何じゃー、これは!」

 建設費もさることながら、赤字のどん底から立ち上がった民営会社の(いくら業績がよいとは言え)本社ビルとしてはレベルの高い設計だった。パパさんはこのままプロジェクトを進めると、建設技術陣に再び汚点が残るような予感がして気を引き締めた。

 パパさんは二、三ケ月、家に帰る毎に疲れた感じだった。転勤する時、前の勤務箇所のトップに「あそこは激職だよ」と言われていた。

 パパさんは常々「仕事はゲームだ」だと割り切っていたが、その時だけは往生したらしい。

 投資財務の担当部署と相談したり、設計を見直したり大変だったらしいが、当初の総事業費を半減した。会社の常務会で大筋の了解が出て、やれやれとなった。

 次々とプロジェクトのコストダウンをして、計画案件を進めた。

 本社に転勤したパパさんの口癖。

 「何のことはない、バブルの後始末担当だよ」

 猫族は自分以外の猫がしたことを引き継ぐという行為はしない。たまに優しい雌猫が捨てられた子猫を育てることもあるが、これも滅多にあることではない。基本的に自立実行が猫の生活信念である。

 飼い猫稼業をしていると、どうしても飼い主に手をかけてもらうことが多くなるが、マリオも自立志向が信条でありプライドである。



2009年1月7日

壮年期



 長毛の動物は保温というメリットを除くとあまり良いことがない。猫族はほとんど短毛種が多い。古来、野山で過ごしていた時代は短毛だった。柄は自然色に近い色と周辺環境に馴染んで、狩りに便利なようにデザインされていた。

 猫の長毛種は人間と住むようになってから、人間の趣向に合わせて品種改良されたものだ。
 ペルシァ種のマリオも長毛のため、少なからずのハンディを背負っている。第一に毛並みの手入れが大変だ。

 短毛ならさっさっと済むけれども長毛は時間が倍以上かかし、舐めた毛が舌から腹に入る。繰り返していると胃袋で毛玉になる。時々吐きださないと体調を崩す。

 その上、季節の変わり目は抜け毛が激しい。激しいと言うより、白い毛は目立って仕方がない。ブラッシングやシャンプーが嫌いと言える身分ではないが、嫌いなものはやっぱり嫌いだ。

 

 さらに長毛の不便な点は排便の時である。お尻を専用トイレの砂にきっちり押しつけて所用を済ませるが、たまに体制が良くない時にお尻の回りの毛に排泄物が付着する。

 マリオとしても、用便後の手入れはするが、白いところに黒っぽい物がつくから目立つ。匂いもするから、家族にくんくんされる。

 娘に「マリオだな」と原因をキャッチされて、ティッシュペーパーで拭いて貰う。その後、さらにママさんと娘の二人掛りでお尻回りの毛のトリミングが始まる。

 痛くはないが、娘におしっこスタイルで抱かれてママさんがピカピカ光るステンレスの鋏で、お尻の回りをチョキチョキやられるから恐ろしさが先に立ち反抗したくなる。

 トリミングの後はお尻の回りが軽くなったようですっきりする。

 もう一つの難点は、外出禁止の状態で飼われると足の裏の毛が生える。特に長毛種は伸びるのが早いから、放っておくと毛のスリッパを履いたようになる。

 外に出ると土の上を歩いたり、運動も激しくなるから自然に擦り切れて毛が生えることはないが、箱入り生活ではどうしょうもない。

 足の裏は猫の行動する時の生命線だ。ヒゲと同じくらいの性能を持っている。歩行面の状態を確認しないで歩くことは、誠に不用心だ。地面の状態を足の裏で感知して周辺の状況に注意しながら行動することが、野生の本能なのだ。

 家の中のフローリングは、毛のスリッパ状になった足では誠に具合が悪い。急ぎ足になると滑って自由に歩けない。爪を立てながらゆっくり歩かなければならない。機敏さをもって良しとする猫にとって、まことに不便きわまりない。

 飛び移る時などは、滑って落ちたりする。猫としてはあるまじき光景で、娘はケラケラ笑っている。
 みかねたパパさんが足の裏の毛を切ろうとするが、トリミングと同じステンレスの鋏なので恐ろしくて切らせない。パパさんは暴れた状態で無理に切ると、足裏を傷つけそうになるので、マリオが寝込んだ時を狙って切る。

 パパさんのマリオに対する唯一の役目が足裏の調毛である。

 目が醒めて歩くと、まるで若返って裸足で歩いているような野性的軽快感が蘇ってくる。
                仕方がないんだよ!

2009年1月4日

壮年期


                 厳しい門限監視係


 就職して1年も経つと、世の中に慣れてくるのか、子供達も帰りが遅くなる。

 パパさんを筆頭に長男、娘と3人の帰宅時間を時計とにらめっこしながら帰りを待っているママさんはイライラしてくる。マリオもその側で一緒に気をもんでいる。

 特にママさんもマリオも気になるのは娘である。
 昔気質のママさんは、女性がお酒を飲んで夜遅く帰ることなどは考えられない時代に育ったこともあり、娘に対して厳しい。

 ある日、珍しくパパさんが早めに帰ってきた。長男は仕事が忙しくて毎晩残業で遅い。 娘はOLだから、残業なんて滅多にないが、その日は遅く帰ってきた。

 ママさんに「お父さんから、しっかり言って頂戴」と言われていたパパさんは、娘に宣言した。

 「我が家の門限は11時だ」

 なぜ11時か判らないが、パパさんはその日のうちに帰れという意味だった。

 娘は「お父さんだって(門限が)11時じゃないでしょう」と反論したが、今度はママさんに叱られた。

 「あなたはお父さんと同じだと思っているの、冗談じゃないわ」

 娘は分が悪いと感じて即座に謝った。

 部屋に入って「(怒らないのは)マリちゃんだけだねー」と頭を撫でる。

 マリオも心配していたが、娘が帰ってきたことの方が嬉しくて、娘の手を軽く噛んだりペロペロなめてやる。
 門限は1ヶ月ぐらいしか守られなかった。



2008年12月31日

壮年期

ー就職ー

 長男と娘が同時に就職の時期になった。パパさんは相変らず仕事が忙しくて子供達のことを振り返る余裕がない。就職は子供達がそれぞれ決めるものと考えていた。長男と娘は四つ違いだが、長男が二浪したため短大の娘と卒業が同じ時期になった。


 パパさんは娘も四年制大学に入れたかった。

 娘は「四年間も勉強したら遊ぶ時間がなくなっちゃう」といって推薦入学の短大に入ったのだ。


 長男に相談された。


 長男「お父さん、(就職は)どこが良いかな」


 パパさん「どこが良いんだ、JRか、設計会社か、建設会社か」と聞いた。


 長男「JRは嫌だなー」


 一瞬ぎょっとしたパパさん。「何、あ、そーか、俺を見ていたら嫌になるよなー」


 結局、長男は希望通り大手の建設会社に就職した。


 まだ、バブルのピークを過ぎたばかりの頃で、就職難どこ吹く風の時期でもあり、娘も大手の電気メーカーに就職した。


 パパさんは心の底から万歳をしていた。とりあえず、長男と娘の子育てから解放された気分だった。


 採用研修が終わると、長男も娘も偶然に仙台地区に勤めることになり、相変わらず家から通勤している。


 パパさんは「下宿代を出させろ」とママさんに言っているが、長男も娘も出す気はサラサラないらしい。


 家族の生活は、授業料の支払いが無くなっただけで、以前と変わりなかった。


 マリオも相変わらずマイペースの毎日だった。
          どちらも真面目に働いてね、頼むよ

2008年12月29日

青年時代

                     山形新幹線“つばさ”

 国鉄時代はお役人の一角だったから、あまり経営ということを意識しなかった。お金も予算というものがあり、消化することが大切だった。

 パパさんは国鉄の地方の係長だった頃、工事予算を十五億円節約して本社の担当部所に叱られたらしい。

 何とも無茶苦茶な話だ。
 「親方、日の丸」の典型な例である。

 民営化されてからは、お客様と収益目標が第一になり、支出は収入に連動して常に修正されるようになった。

 工事費もコストダウンが当たり前になった 国鉄改革の時の予想に反して経営も好調である。毎年千億円ちかい利益をあげている。長期の借金も少しずつではあるが確実に返済している。

 民営鉄道の前途をあまり期待していなかったパパさんも考えが変わってきた。このまま順調に行けば、株の上場も視野に入ってきた パパさんの仕事である建設投資も、キャッシュフロー(手持ちの資金)の範囲で採算性を考慮しながら活発だ。
 プロジェクト管理の責任者であるパパさんは、コストダウンに力を入れている。国鉄時代の予算主義の工事発注や硬直的な積算方式は無視している。

 全てが会社を良くするためである。

 会社は「お客様第一」は当然だが、そこに働く社員の幸福を追及し、それに応えてこそ会社の意味があるとパパさんは考えている。

 パパさんは家長として、家族とマリオのために働いていると考えている。

 えてして、組織が大きいと会社の目的がぼやけてくる。この会社は何のためにあって、何で成り立っているかが薄弱になる。給料も社長から貰っているような錯覚を起こす。

 そもそもはお客様から頂いたお金が、給料の基本なのだ。

 古今東西、お客様を粗末にして栄えた会社はない。地方の小さな商店だろうが、世界的な規模のグローバルカンパニーだろうが理屈は同じである。

 お客様を疎外して、組織内の人間関係、特に上下関係にうつつを抜かしている会社の末路は言うまでもない。

 JRの前身の国鉄は、外部から「国鉄の常識は社会の非常識」と言われた。国鉄一家と言われ、良い意味でもあり、悪い意味でも組織が内部志向だった事を反省し、社会に開かれた良い会社にしたい事がパパさんのささやかな願いのようだ。

2008年12月21日

青年時代

ー医者嫌いー

 色々嫌いなものがあるが、獣医も嫌いである。獣医が嫌いというより、獣医院の雰囲気が馴染めない。注射もそれ程痛いと思わないし、獣医も大体優しい人が多いから治療そのものは気にならない。

 体調が悪かったり予防接種などで車に乗って獣医院に行くと、いろんな仲間のペットが待合室にいる。診察の時間までここで待たなければならないが、マリオはこの待ち時間が嫌いだ。犬は勿論、同族の猫もいる。人間のように大きい犬もいれば、マリオより小さな犬もいて賑やかだ。

 同族はおとなしく待っているが、犬族は落ち着きがなくかしましい。キャンキャン、ワンワンとうるさくてマリオは身が縮まる思いがする。

 大体、猫族と犬族はあまり仲が良くないのが相場になっている。マリオも家出をした時、一度犬に追いかけられて怖い思いをしたことがあるだけに、6帖くらいの待合室に犬と同席する獣医院が大嫌いなのだ。

 娘は小さな声で「マリちゃんはお利口さんだね」とささやくが、なんのことはない犬族にマークされないようにおとなしくしているだけだ。

 同族にもたまにいるが、往々に犬族は行儀が悪い。大型犬はデンと座って辺りを見回しているが、特に室内タイプの小型犬は行儀が悪い。マリオはしつけができていないペットは飼い主に責任があると思う。甘やかして育てたために、大きくなってから苦労している。

 人間の子育てトラブルと同じようだ。

 診察室に入るとホッとする。獣医の「どうしました」の一言で安心する。人間の医者嫌いの原因である注射とか薬臭いことは気にならない。

 治療を終えて獣医院から出て車に乗ると益々ホッとする。

 車の中ではバスケットから出して貰えるので、窓のそばに行って外の風景を見ながら帰宅することが楽しみなのだ。



2008年12月15日

青年時代


                        又、眠くなってきたよ

―遊び相手―

子供たちが大きくなり、前のように相手をしてくれなくなった。

猫じゃらしもどこへいったか部屋には見当たらない。たまに娘と次男がひもで遊んでくれるが、チョイの間だけだ。

朝は子供たち三人とパパさんが学校や会社に出かけるまでママさんはてんやわんやだ。

マリオはキッチンの片隅に置かれた食事をマイペースで済ませる。

その後、居間のソファーに陣取って子供たちの出かけるのを見送る。子供たちは夫々、マリオに声を掛けたり頭をなでたりして出かけていく。

ママさんは、朝食の後片付けをして、一息ついてTVを見ている。

マリオも手持ち無沙汰の状態で、運動の欲求に駆られてくる。ママさんはTVに見入ってマリオの気持ちに気づく気配はない。

遊び催促のサインを出すため思案する。まずソファーから床に下りて大きなあくびと共に、思い切り背伸び屈伸運動をする。

ママさんは「マリちゃん、静かになったねー」と声を掛けるが相手をしてくれる気配はない。マリオは「ニヤー」と返事をして猫正座をする。

そのうち、ママさんがキッチンに立つ。歩くママさんの足にからみつく。

「アレ、マリちゃん、危ないよ」と言って、マリオの遊びモードのサインを理解してくれない。

そのあとテーブルに座ってお茶を飲んでいるママさんの周りを歩いたり、正座してママさんを見つめたりするが、マリオの気持ちに気がつかない。

仕方がないから、ソファーの横でバリバリ音を立てて爪とぎをする。

「マリちゃん、(ソファーが)ボロボロになるから止めなさい」とくる。

マリオは半ば諦めてテラス越しに外を眺める。時々、ママさんを見るが、TVに釘付け状態に変化はない。

しばらくしてから、再び背伸び屈伸運動をしてソファーに寝そべって、ママさんの様子を伺っているうちにまどろんでくる。




2008年12月6日

青年時代

                   パパさん、大丈夫かな?
ー進学問題PART2ー

 長男と娘は大学生で、パパさんは大変である。どちらも私立大だから、授業料が高い。ボーナスは二人の授業料と住宅ローンを合わせると、素通りだとこぼしている。

 ママさんもボーナスはほとんど当てにしていない。

 次男は転向した中学で、レギュラーにならないけれども挫けずに野球を続けていた。高校に入ったら挽回してやろうと考えていた。 志望の高校は(野球が)弱いから、俺がレギュラーエースになって甲子園に行ってやるという野心を持っていた。

 その割に勉強しない。マリオが部屋を訪問するといつもファミコンのコントローラーを持ってチンチン、チンチンやっている。

 マリオとしても娘の前例があるだけに気が気でない。ママさんも気が気でない。

 パパさんは次男は大丈夫だろうとあまり気にしていない。

 それでも私立学校アレルギー(授業料が高い)で「私立だけは勘弁してくれよ」と次男に言っている。

 次男は「ウン、分かった」と素直に答えていた。

 数カ月後、次男はパパさんの期待に応えられず私立大学の付属高校に入った。

 又もやパパさんはガックリきたが「まっ、大学に入る時はエスカレーターだから良いか」と言った。

 マリオはパパさんが気の毒になった。


2008年11月30日

青年時代

                           身だしなみ

 「お父さんの悪い癖」とママさんが言っているが、パパさんは夜に突然お客さんを連れてくる。

 それも結構酔っているから始末が悪い。その度、ママさんはお酒を出して即席の料理を作る。時にはパパさんのために取っておいた夕飯のおかずの場合もある。

 盛岡時代もちょくちょくあったが、パパさんの単身赴任のため三年間中断していた。

 仙台にきて家族が揃ったら、又ちょくちょくである。

 そのため、ママさんとしてはお酒を切らせない。

 パパさんは月曜から金曜まで、毎日のようにお酒を飲んで来るが、家では一滴も飲まない。

 それでも家には不意のお客様に備えて常にビール、ウィスキー、日本酒、焼酎等のアルコール類がストックされている。

 マリオはパパさんの連れてくるお客様達は警戒しない。それより、酒のおつまみのおこぼれを期待している。猫の健康には良くないが、裂きイカが大好物だからだ。

 それにほとんどのお客さんが焼き鳥くさいのも気にいっている。

 時々、若いグループを連れてくる。JRになってから採用された社員らしい。長男と同い年くらいで、口が悪い。

 その中の一人が、マリオを見て「なんだ、この猫は、豚みたいだな」の暴言?である。

 さすがのママさんもムッときているが、顔にはださない。

 「外に出さないから太り過ぎかしら」と応対する。

 とにかく、週に一度か二度は、予告なしの夜のお客様で(ママさんは)大変である。

2008年11月22日

青年時代

ー隣の姉妹ー

 今まで空き家だった隣の社宅に引っ越ししてきた。パパさんが国鉄本社に勤めていた時の知り合いらしい。

 夜になって隣人夫妻が恒例の引っ越し挨拶にきた。パパさんとママさんは「よろしくお願いします」と挨拶している。帰ってから、ママさんが「子供が小さいのね」と言っている。

 パパさんは「まだ、若いからな」と答えた。

 二三日経って、玄関で遊んでいる女の子にママさんが話しかけた。

 「お名前は何て言うの」

 「○○」

 「アレ、うちのお姉ちゃん(娘)と同じだね」

 「一人で寂しいね、おばちゃんのおうちにおいで」と言って三才の女の子を家に連れてきた。

 「あっ、おばちゃんのところに猫ちゃんがいるの」

 「お名前はなんていうの?」

 マリオは大の苦手の子供なので、早々に次男の部屋に逃げ込んだ。

 女の子は「横浜のおじいちゃんのうちに猫ちゃんがいるの」と言った。

 ママさんは「あーそー、じゃー、猫ちゃんが好きなのね」と聞いた。女の子は「ウン」と言った。

 それから女の子は「マリオのおばちゃんのところに行ってくる」と言って、毎日のように遊びにきた。
 時々、ママさんは〇才の妹も預かった。

 マリオも最初のうちは警戒していたが、来る回数が頻繁で行動が制限されるのも窮屈なため、恐る恐る近寄って見た。

 それにママさんが居るのでやや安心感もある。女の子は「マリちゃん」と声をかけるがいじめる気配はなかった。

 ママさんが預かった〇才の子は、まだ自由に行動出来ないので居間のソファーに寝せられている。マリオが近寄らない限り問題は起こらないが、マリオは遠くから眺めるだけで、大嫌いな赤ちゃんに近寄る気はサラサラない。

 猫に慣れているためか、マリオには優しい姉妹だった。

 マリオが子供に気を許したのは、長男の孫ちゃんとこの姉妹だけかもしれない。

 後日、会社の運動会で姉妹のママさんが競技に出場するため、パパさんに妹の方の赤ちゃんを預けた。

 久し振りで赤ちゃんを抱いたパパさんは、大事そうに抱いて競技を見ていた。通り掛かった若い社員が「孫ちゃんですか」と言った。

 「ばか言え、娘だよ」と言いながらパパさんは満更でもない表情をしていた。



2008年11月16日

青年時代



 娘の自動車運転熱は大変なものだ。ほとんど毎日、山の上の学校通学に利用しているためもあって運転技術も相当なレベルになっている。

 休みになると、家にじっとしていられない。特に連休になると遠出をしたくなるらしい。

 「今度の休みに(盛岡の)お祖母ちゃんの家に行かない」とくる。

 マリオはぞっとする。とにかく車に弱い。

 話がまとまって出かけることになる。娘は「マリちゃんも連れて行くからネー」とくる。

 盛岡までは距離が二〇〇キロで、高速道路で約二時間かかる。

 二時間も家族五人と狭い車の中で過ごすのも大変であるが、おまけにマリオは車酔いをする。車に乗るとペット用のバスケットから出されて自由になるが、動く空間がほとんどない。

 それでも家族の膝の上や足の下をくぐって快適な場所を探すが、どこにも見当たらない。狭いところは嫌いではないが、行動を制約されるのが嫌である。高速道路のため、大好きな外の景色も車が一瞬に通り過ぎるだけで面白くない。

 その上、娘はハンドルを握ると人が変わる。まず第一に口が悪くなる。

 ママさんに「あなたは、女の子なんだからネー」と注意されても聞き入れない。それにスピードをどんどん上げる。

 中古のサニーは、一〇〇キロ以上にスピードアップすると警戒音がチンチンと鳴る。

それでも構わず、「よし、前の車を抜いてやる」とばかりアクセルを踏み込む。さすがのパパさんも「おいおい、いい加減にしろ」とたしなめている。

 パーキングエリアで首輪をつけて離されるが、広すぎてかえって不安になる。木の陰に行こうとする。
「マリちゃん、おしっこをしなさい」と言われるが、そんな節操のない躾は受けていない。家族はそれぞれにジュースを飲んだりして、再び出発する。

 ママさんは娘から、長男への運転交替を指示する。

 長男は「しょうがないな」と言いながら、妹と交替して運転する。

 走るとまもなくマリオは車酔いになって「アーオ」と欠伸のような鳴き声をあげて、調子の悪さを訴える。

南部富士(岩手山) とにかく、難行苦行の連続で雄大な南部富士の岩手山が見えてきて「マリちゃん、もう少しだよ」と声を掛けられるまで、忍耐の二時間過ごさなければならない。

2008年11月8日

青年時代

―外出のマナー―

 週に一回はママさんにブラッシングして貰うが、長毛種のため毎日少しずつだが脱毛する。その毛は空中に浮遊したり、布類に付着する。毎朝掃除機でお掃除をするが、マリオの毛を一掃できるわけではない。

 家族も慣れたもので、家にいる時は全然気にしていない。

 特にママさんの方針で家にいる時、家族全員黒っぽい衣類は厳禁である。

 被害者はパパさんで、ダーク調のポロシャツを好むがマリオの抜け毛対策のため箪笥に入ったきりである。

 お客さんが来た時、ママさんの気の使いようは大変だ。来客が脱いだコート類は決して床に置かない。座布団もテラスで丁寧に叩いてから出す。お帰りの時はガムテープで腰の辺りの毛をとって差し上げるなど至れり尽くせりである。お客さんは恐縮しているが、ママさんは一所懸命だ。

 パパさんは意外と無頓着だが、出勤の時は気を使う。ママさんがガムテープでスーツの前から後ろ、さらにはズボンから毛をとる。朝の時間がない時は手早くしなければならない。長男や次男は全然気にしない。ガムテーピング(家族用語、ガムテープで毛を取る行為)する時間もないから毛がついたままで外出している。

 娘は女の子のせいもあって、着用する前に洋服を徹底的にガムテーピングする。

 お葬式とか結婚式に出かける時は、黒い服なので、家族全員が丁寧にとっている。

 さらにママさんはハンドバッグに小さく切ったガムテープを持って行く。式場に行ってから、万一マリオの毛の取り残しがある家族のための対策に必要なのである。

 とにかく、我が家ではガムテープは必需品になっている。 外出の身だしなみは、ガムテーピングが最低のマナーなのだ。

                     黒いシャツが白くなるぞ

2008年11月1日

青年時代

                             仲良し?
ー子供達が気になる Part2ー

 長男と娘は大学生になって、一応学校に行っている。
 
 問題は次男である。中学一年の終わりに転校したため、中々友達も出来ないらしい。
 毎日、不機嫌だった。

 盛岡の中学では野球部に入っていたので、仙台の中学でも野球部に入った。

 盛岡では二年生になると、投手の準レギュラーになっていて三年になるとレギュラーは確実だった。

 どこのクラブも同じであるが、チームワークを考えると中途参入はハードルが高くなる。

 転校した中学も案の定、ほとんどのポジション配置は決まっていて、次男のレギュラーへの夢はかなわなかった。

 このことに加えて親しい友達と別れてきたことに、次男の不機嫌の理由があった。

 次男の部屋はいつも閉められていて、マリオが入るには戸をガリガリと爪を立てて合図するしか方法がなかった。それも中々開けてくれない。

 開けても「何だよ」と素気ない。

 マリオは無視して部屋に入る。
 すると戸をバタンと閉めてしまう。

 マリオは次男の足に頭をコツンと押しつけ二三度顔を擦りつけて、ベッドにぽんと上がり、次男を見ている。

 次男はぶつぶつ言いながらファミコンをしている。

 ファミコンのリズミカルなメロディを聞いている内に、マリオはベッドの上でまどろんでくる。

 盛岡時代と何も変わらない関係である。

2008年10月24日

青年時代

                        今日は忙しくなるぞ!

ー仕事始めー

 正月が終わると、四日からパパさんは会社に出勤する。

 ママさんと娘は朝から大忙しである。朝御飯の後片付けもそこそこに、ママさんと娘は車で買い物に出かける。

 どっさり買い物袋を抱えて帰ってくる。マリオは気になってしようがない。

 「マリちゃんには前に買ってあげたでしょう」と娘が言うが、確認しないと気が治まらない。キッチンの床に広げられてある買い物袋を一つ一つ確かめる。

 ママさんと娘は一日中、キッチンで色々料理を作っている。夕方になるとママさんも気合いが入ってくる。

 「早くしないと来るわよ」

 ありったけのテーブルを並べて、料理をセットして準備完了する。

 一息ついだところに「ピンポーン」とくる。パパさんの会社の第一陣だ。

 口々に「明けましておめでとうございます」と言って上がりこむ。ママさんは一人一人応対している。

マリオは取りあえず、次男の部屋に待避する。皆、知らないおじさん達である。

 ママさんが「(パパさんが)早く帰ってくれないと困るわ」と独り言をしている。

 第二陣、第三陣と来て、その後にちょっぴり酔ったパパさんが「悪い、悪い」と言いながら帰ってきた。ビールの栓が抜かれ、全員で「おめでとうございます」と叫んで、仕事始めのホームパーティが始まる。

 総勢三十人近い人数で、社宅にしては広い十五帖の居間と隣り合った八畳の和室が、足の踏み場もないほどである。靴は玄関からはみ出している。

 マリオも様子を伺っていたが、頃合を見て会場に行く。

 若い社員が「おっ、すごい猫だ」と言っている。

 見知らぬ人間には警戒するが、座の真ん中あたりにパパさんが居るから安心できる。それに料理の匂いが気になってじっとして居られなかった。

 ママさんが「マリちゃん、駄目よ」と言っているが、美味そうな匂いの誘惑には勝てない。

 ママさんは、マリオの毛がお客さん達の洋服に付くのを心配していた。お客さんに「すみませんネー」と謝っている。

 マリオはお客さんの間をすり抜けながら、あちこちで料理を貰って満腹になったところで退場する。パーティは夜の十二時近くまで続いて、お客さんは三々五々に帰って行く。

 パパさんはすっかり酔って、早々に寝てしまう。

それからが大変である。ママさんと娘は後片付けで夜中の三時ぐらいまでかかってしまう。

 パパさんが本社転勤になるまで、毎年正月明けの定例行事だった。

 

2008年10月19日


ーモンローウォークー

 猫語の代表的なものは「ニャーオ」である。語調によっていろいろな意味がある。「ゴロゴロ」と喉を鳴らすのは、気嫌のよい時か気持ちの良い時だ。

 警戒する時や気分を害した時は「フーッ」と喉から声を出す。

 闘争する時の「シャーッ」は、相手を威嚇するために使う。体を蛇のように丸めた体形でするので、猫は蛇の親戚のように言う学者がいるが、定かではない。

 常に声を出して訴えれば、一緒に住んでいる人間ならば大体の意思は通じるが、マリオに限らず犬に比べて猫類は無口だ。そのために結構態度で示す場合が多い。

 こちらが必要な時は鳴いて訴えるが、いちいちニャーニャー鳴いていられない。

 猫のボディランゲージは犬のように派手さがないために、その意思を汲むためには注意を要する。マリオのボディランゲージの手段としては、長く太い尻尾を有効に使う。

 幼い頃からティールコミュニケーションが得意だったが、家出した時尻尾に負った傷がしばらく完治しないため苦労した。

 仙台に引っ越してから、娘が大学の友達から評判のよい獣医院を聞いてきて2回の通院で治ってしまった。

 尻尾のかたちで気持ちを伝える。伝える必要がなくても自然とかたちになる場合もある。気分の良い時は直径5センチぐらいに尻尾が膨らんで、歩くときは垂直になる。大名行列の先頭を行くぼんぼりみたいなかたちだ。

 普段は床を擦らない程度に尻尾を下げて歩く。これがマリオにとっては一番楽な歩行姿勢なのだ。

 垂直の時は相当尻尾に力を入れないといけない。それでも嬉しさを示すために太く真っ直ぐにして歩く。

 後ろから見ると、モンローウオークのように尻を左右に振りながら歩くらしい。娘はケラケラ笑うが、気にはしない。

 名前を呼ばれた時は尻尾の先を振る。起きていても、うとうと寝ている時も同じ動作をする。うたた寝をしていると、娘は退屈しのぎに名前を呼ぶ。その度に尻尾の先を最小限に振って、聞こえていることを伝えるのだが娘はしつこく呼ぶ。

 猫の生命線は寝ることだということを理解していない。煩わしくなるが「マリちゃん」と呼ばれると尻尾の先っぽが無意識に動いてしまう。


                     尻尾を上げて歩くって難しいんだ

2008年10月11日

青年時代


ーネバーギブアップー

 仙台にきて2年目の夏。例年にない猛暑になった。毎日真夏日の続く熱暑だった。長毛のマリオには地獄の沙汰である。日光浴は大好きだが、そんな暑さでない。家の中で涼しいところを見つけて歩く。

 取りあえず玄関のコンクリート。やや快適だけれども、家族が出入りしたり、来客があると落ち着かない。次は浴室。ヒャッとしてマァマァ快適だが、湿っぽいのが玉に傷である。

家族も我慢の限界にきていた。特にママさんは「あなた達は外で涼しいところに居るから良いわね」と言っていた。

 強烈なのは娘である。家に帰ると「何、この家は、今ごろクーラーのない家なんてないよ」である。

 ママさんはパパさんに訴えた。

 「あなたは会社で涼しいから良いだろうけど、(クーラーのない)家に居る人は堪らないわよ」

 「何言っているんだ、東京でも我慢したんだから、我慢、我慢、そのうち東北は涼しくなるよ」

 ムッときたママさんは「あんたは良いわよ、お酒を飲んで寝る時しか帰って来ないんだから」と言った。マリオもうなずいた。

 パパさんはこの言葉にはグラッときた。

 猛暑は涼しくなるどころか、8月に入っても治まる気配がない。ママさんとマリオは唯々、耐えていた。

お盆近くのある土曜日、娘の堪忍袋の尾が切れた。

 「お父さん、マリオが死んだらどうするの」とパパさんに迫った。

 パパさんはお盆が過ぎると涼しくなる、もう少しの辛抱だと考えていたが、長毛のマリオを引き合いにされると弱かった。

 「あした買いに行くか」

 家族とマリオはしめしめである。

 ところが、市内の電器屋は在庫ゼロで、ディスカウントショップをはじめ行く店がことごとくクーラーは売り切れだった。それぐらい凄い夏だった。

 パパさんとママさんは諦めかけたが、娘は「ネバーギブアップ」精神を発揮した。

 郊外の大型スーパーでとうとう展示品のエァコンを見つけた。取り付けは手が回らずお盆過ぎになったが、念願のクーラーがついた。

 ママさんは「マリちゃん、涼しくなって良かったねー」とマリオの頭をなでた。

 猛暑は10月半ばまで続いた。


                            涼しいよん!


2008年10月4日

青年時代

ー留守番ー

 車を買ってから、やたらと外出することが多くなった。

 特にママさんは娘の運転で重宝しているようだ。車を買う時、娘がパパさんに約束したことを、自分への約束にすり替えて「あそこに乗せてって」とか、出先のデパートから「迎えにきて頂戴」とフルに利用していた。

 夏休みを前に、ママさんの実家に行く相談をしていた。娘は「皆で行こう」と提案している。マリオは(勘弁して欲しいナー)と思っている。パパさんが夜遅く帰ってきて娘が聞いた。

 「お父さん、今度の金曜日盛岡に行かない」

 「駄目だよ、仕事があるから」

 「フーン」

 娘は翌日ママさんと相談して、パパさんとマリオを留守番にすることにした。

 かくして、マリオはパパさんと2人(一人と一匹)で留守番することになった。

 留守番の初日、パパさんは朝御飯をそそくさと食べたり、マリオに餌を食べさしたりして出勤していった。残されたマリオは自由に廷内探訪をする。部屋の戸は全てマリオが出入りできるように開けていった。家中好き勝手に歩き回り、寝たい時に寝て自由気ままな一日を過ごしていたのである。

 夕方になって腹が空いても、朝にたっぷり入れた餌が半分以上残っていて、別に不都合はなかった。さすが夜になると、いつもなら家族が居るのに誰も居ないというのは寂しくて仕方がない。

 頼りのパパさんも帰ってくる気配はない。

 12時近くに、玄関の鍵がガチャッと音がした。マリオは寝ていたが玄関に出てみると酔っ払ったパパさんがふらつきながら靴を脱いでいた。マリオは(遅いぞ、何していたんだ)という態度で寝ていたところに踵を返した。

 パパさんは「おい、マリオ」と呼んだ、ふり向きもしない。

 「そうか、寝るか」といって歯を磨いてパジャマの着替えもそこそこに蒲団に潜りこんだ。

 翌日の朝も前日同様、パパさんはバタバタと出て行った。マリオの食器には山盛りに餌が盛り上がっている。

 その日はどういう訳か、訪問者が多くてひっきりなしにチャイムが鳴った。のんびり寝る暇がないくらい多かった。

 ひとりで留守番のマリオは心細くなった。夕方にはママさん達も帰るだろうと心待ちにした。夕方になっても誰も帰ってこない。

 さすが夜には訪問者はなくなったが、ひとりぽっちのマリオには寂しさがつのる。

 頼りのパパさんは相変わらず帰って来る気配がない。食欲も湧かない。

 深夜12時をちょっと回った時刻に、玄関の鍵がカチャカチャなった。

(あっ、パパさんだ)マリオは嬉しくなって玄関に飛んでいった。

 ふらふらとしたパパさんが入ってきた。

 酔眼朦朧としたパパさんに「おっ、マリオ」と声をかけられた。

 「ニャーお」と返事をしたマリオは、本当に嬉しくて、嬉しくて、家中を全速力で走り回りながらお腹が空いていることを思い出していた。

 


                             遅いよ

2008年9月28日

青年時代

ー運転免許と車ー

 大学生になったばかりの娘が自動車学校に行きたくて、ママさんに催促している。

 「お兄ちゃんの時は、高校を終わって直ぐに(運転免許を)取らしたのに」

 ママさん「そんなこと言ったって、お父さんに言いなさい」

 「(免許と車が)あれば便利よ、買い物も楽だし、マリオの病院だってタクシーを使わなくて良いし、(盛岡の)お祖母ちゃんのとこだって車で行けるし」

 パパさんは夏のボーナスが出たら、自動車学校に通わせる積もりでいたが、そんなことはお構いなしの要求である。

 娘は大学の友達のパパさんが自動車の販売会社にいて、頼むと(中古の)車を安く買える話を聞いて、夏までには運転免許を取りたかった。

 パパさんにすれば、娘の私立大学の入学金を払った直後で、とんでもない話しだった。

 しかし、娘はくじけなかった。

 「お父さん、分割で良いから、学校に通っていい?」

 パパさん「しようがないな、幾らかかるんだ」

 とうとう、自動車学校に通い始めた。

大学の合間にせっせと通い、2か月も掛からないで運転免許を取ってしまった。

 免許を取ると、次はマイカーである。娘は山の上にある大学は通学に不便なことをパパさんに訴え始めた。

マリオはパパさんに同情しながら聞いていた。

 パパさんは財布が休む暇がないとこぼしている。